萌え体験談

萌え体験談、エッチな体験、投稿体験談を配信しています。

陰毛

どうしてこんな事に・

主人「もしかするとのまされるかもしれません皆同級生だから、
もう片付きましたので寝ていて下さいね」と言って、お酒をもって
柿田達の部屋に行きました。
柿田は無口でいましたが、柿田の取り巻きをしていた山田君が、
「いよう、待ってました、美人女将の登場です」
「さあ、さあ、女将・・と言うか東さん」「クラス一番の別嬪さん」
「一緒にのみましょう」と言ってお盆ごと取り上げてみんなのコップ
につぎ、私にもコップいっぱいになったお酒を寄こしました。
「さあ東さんに乾杯」と言われ、私ものんでしまいました、その後
何杯か呑まされました。
少しもうろうとして来た時、山田君が「高校の時、東を好きだったやつは手を上げろ」と言うとみんなあげました。山田が「でも柿田が一番好きだったかもな」というと柿田は「今も俺の事は好きでもないが
多少の事は聞いてくれる仲になった」「そうだな、東」と言われ
下を向いてしまいました。

柿田は、苛めて喜ぶ癖があったのです、そして意地になっていました
「東、みんなが高校時代から見たかったと言っているのを見せてやれ、まさか嫌とは言わねえと思うけどな」と脅しにきました、
「さあ、どうなんだ」と言われ「何を見せれば・・」と言うと
「少し着ている物を脱げばいいんじゃないですか?と、何と信用金庫の浅野君が言いだしました、私は目の前が真っ暗になりました。
私は着物を着ていたのですが、さっきお酒を持って来るときにセーターとスカートにしました、その方が動きやすくて楽だったからです。

「さあ、どこまで見せてくれるんかい?」と柿田がドスのきいた声で
いいます。私は・・セーターを脱ぎました。
「そこに座れよ」とテーブルの上に乗せられました。
私はブラを押さえています「何にも見えねえよ、そんなもん外せ」と柿田が言うと山田君が私の後ろに回りホックを外しました。
「このブラを買うやつは?」と柿田が言うと3千円・・5千円・・1万円・・と声があり、1万円で古賀君が買う事になりました、
「古賀、自分で外せよ」と言われ古賀君は「ごめんね」と言ってブラを取りました「少し触っていいぞ」と言われ、なんと古賀君は後ろからおっぱいを握ってきました「手を外せ」とみんなに言われ手を下乳の所にもっていきみんなの前に私のおっぱいを見せました、私は恥ずかしくて恥ずかしくて「もう、やめて下さい」と言うと、柿田は「やめるかどうかは俺次第だ」と言います、どこまで何をされるのか
恐怖が襲ってきました、お酒はとっくに覚めました。
スカートは柿田がホックを外し、するっと脱がしました、山田君が
協力してました。
「さあ、このパンツを脱がすかどうかだ、どうしたらいいか?」それに答えたのは浅野君です「ここまでみせたんだから全部でしょう」
「よし、わかった、いくら出す?」また3千円から始まって、3万円の声が浅野君からでました「よし浅野3万円決定」と柿田がいうと
「東さんごめんね」と言って浅野君はショーツを脱がそうとしました
でも私が抵抗するので脱がせません、柿田が「いう事を聞かないなら
もっとさせるぞ」と怖い声を出しました、私は本当にどこまでされるのか恐怖心でいっぱいになり固まってしまいました、そこで、浅野君
はショーツに手をかけると一気に足元まで降ろしました、ショーツを足から抜かれると、もう守るものはありません、手で固くあそこを隠しました。
柿田は「さあこれからどうするかな?」それに宮下君は「見たい、見せて下さい」と言うので「いくらかな?」と柿田がいい、3万円で決まりました、「ようし、順番だ」と言って固く体を隠している私の
手を外し、浅野君と山田君に左右を持たせて「引いておけ」といい、
右足を佐藤君に「持て」といい左足を宮下君にあずけ「引っ張れ」と
いい足の間を無理やり広げされました。
そしてスマホを出すと、私の酷い姿を顔も全部わかるように写しています「何をするの、よして」というと「記念写真だよ、悪い事には使わないから安心しなよ」安心なんてできるわけありません、私は泣きました。
手足の押さえを交代に全員が私の足の間に入り、あそこを見てました
「触っていいかい?」と浅野君が言うと「プラス5千円だぞ」
「わかった」と言って浅野は陰毛を撫でて、ビラビラを撫でました
そして「御免ね東さん、さわりたかった、良かった、本望だ」といい
みんななんだかんだといいながら私のお乳やあそこを触りました。
それもスマホで撮られました。
いよいよ「入れてもいいだろう」と山田君がいうと「調子こくな、これで終わり、文句ないな、明日、今日のお金を払って行けよ」
「さあ、呑もう」と言ってのみ始めました、私はセーターとスカートを持って部屋から逃げました、トイレに入り服を着ますと、涙があふれてきました。

寝室に入ると夫は起きていました。
「遅かったね、ご苦労様」と言われキスをするとお風呂に入って
着替えて夫の横になると、夫は下を触ってきましたのでショーツの間から指を入れさせました「疲れているから明日ね」と言って寝ました
朝、帰りに
思ったより以上のものをみんなからもらい、まるで売春婦、と
いやあな気分で送りました。

これからの出来事はもっと大変な事になりました。

ドイツのサウナ

中1の夏休み、ドイツに住んでるおじおばのところへ一人で行きました。
子どもがいないおじおばは私のことをとても可愛がってくれました。
ドイツ滞在中、おじおばがサウナに連れて行ってくれました。
サウナは全裸で男女一緒!
私は恥ずかしくてチンポ隠して入りました。
おじに『隠すとなおさらおかしいぞ。
外人さんもみんな隠してないだろう。
タオルは汗が木の椅子につかないようにお尻の下に敷くのがマナーなんだよ。』
と言われタオルを外しました。
おじとおばの間に座り時々おばの視線を感じました。
全裸のおばが隣にいて私も全裸。
私は少し毛が生えていたのでそれも見られました。
本当にすごい体験でした。
その日の夕食はおじおばのお酒を飲んでいて私のチンポのことで盛り上がっていました。
おばは
『もう毛が生えてきたんだね』
『おばさんのおっぱいも見てたでしょ』
『もう精通はあったの?』
など酔うと
いやらしいことたくさん話していました。
私は恥ずかしくてずっと赤面していました。
おばは私の母の姉。当時40代後半でした。
ポッチャリでしたが元気が良い可愛い人でした。
    
おばは大きなおっぱい、黒々とした陰毛、そして伸ばし放題の脇毛。
中学生の私には刺激が強すぎました。
私はそんなおばの隣で全裸になっていたことを今でも思い出してしごいてしまいます。
他に現地人女性も大勢の全裸で目のやり場に困って挙動不審だったと思います。

とある国で・

私は、主任を殺すつもりで刺しました・・でも・・ペンでは傷を
つけた位です、まして手では。
主任の感情は、それまでは愛情をもって行為をしたい、好きになって
くれれば大正解、と言ったところだったのでしょうが、それが、刺した
事によって私の嫌悪感がどれくらいなのか、わかったのだと思います、
その次の宿直の夜は今までと違っていました。

取り調べ室に入るとそこには管理人(日本では看守)が男女数人が
いました。
主任「今まで甘く見てきたが、お前の気持ちが良くわかった、これからはみんなで調べさせてもらう」「脱げ」と言われ・・
羞恥心より主任の怖さの方が大きく、「わかりました」と言って全部
脱ぎました。
「おい、みんな、この女は助平な女だから、好きにしていいぞ」と
主任が言うと男性管理人は乳首を掴む人もいるし、まんこの毛をまさぐり指を入れてくる人もいるし、本当におもちゃです。
「見ろ、濡れてきたぞ、良く見せろ」と主任はテーブルの上に横たわった私の両足を広げ、女性管理人にも見せました、女性管理人は
なれているのか、指を差し込み「本当だね助平なんですね、結構
濡れてきましたよ」なんていいながらクリトリスも弄ります。
私は・・もうどうでもいいと・・声が出ていました。
こんな辱めを受けて逝くなんてかんがえられませんでしたが、女は
弱いです。そして、みんなに、男性4人に入れられて、中をかき回すように、逝かされました・・もう帰っていいぞと言われ立ち上がろう
とするとおまんこから精液がだらだらと流れて来ます、紙で押さえながらパンツを汚したくなくてそのまま部屋に帰りました。
部屋に帰るとみんな、起きていて、「くさいくさい、一体どれだけ
してきたんだ」といい片隅のバケツで洗ってもらいました。

そんな事が毎週一回はありました、そして・・やはり・・妊娠しました。
主任は「誰の子かはわからんし、それに妊娠がばれると我々も困る
おろせ」と言われました。
翌週に定期的に来る医者(産婦人科ではありません、40位の人です)が来ると、主任に呼び出され、テーブルの上に下着を取り寝かされました、足をテーブルの下におろされ、そこに医者が足の間に入り
何かわからない機械を入れたり指で中を探ったりして、「妊娠しているね、おろすよ、いいね?」と言われ、私は当然「お願いします」と言いました、すると医者は、その前に出させてもらうよと言うとズボンとパンツを脱ぎ、あれを出して自分のつばを塗りました、そして
入れてきました、「痛い、先生痛いです、やめて下さい」と言うと
「すぐよくなるよ」と言って奥まで行ったと思ったら動かし始めました、何回出入りしたのでしょうか、突然大きく動かして、中にどくどくと出されました、「どうせ何回しても同じでしょうからね」と言い
それから口に麻酔みたいな布をあてられ、気を失いました、そして何かわからない機械を入れられ中絶しました。

気が付くと部屋におり、朝でした。
そんな時も農作業に出されます、私は下腹部の痛みで半分気を失いながら一日が過ぎました、翌週
もう当分はされないだろうと思っていましたが、甘かったです。

「どうだ、また出来るだろう、今日は人数も少ないから楽に遊べ」
等と主任に言われ全部で3人に・・こんな時に・・入れられました。

もう残り3ヶ月と思いながら努めていました。

主任「最近飽きてきたよ、今度はこっちでもしたいな」と後ろに指を
入れてきました、「やめて下さい、そんな所は入りません」と言うと
「じゃあ、やってみるか、こっちは処女だろうからな」と言って
四つん這いにされ肛門に唾をたらされ握ったちんぽで出口の穴をまさぐられ、押し込んできました、前の方の初めてよりずっと何倍も痛かったです(前の方は大好きな夫だったので痛みは喜びの一種でした)
痛くて痛くて、段々前に逃げましたが、主任は追いかけて押して来ます、とうとう最後まで入れられました、この格好はまるで動物です。
そこでも主任は逝きましたが、「俺は前の方がいいな、後ろでしたい
と言うやつがいたらやらせるんだぞ」と怖い事を言いました。

後ろでしたい、と言う人はいませんでしたが、玩具状態は続きました
まづ、陰毛をバリカンで刈られました、女子管理人からです、そして
小陰唇を左右に引っ張られ中に木彫りの男根を入れられ、女子ならではの感じで動かされて・・逝きました。

いつも、乳首はもうこれ以上無理という所まで引っ張られました。

もうすぐ一年になる頃、気が付けば、私の体は
大きく伸びた乳首・・
長く伸びた小陰唇・・
いつも刈られている陰毛・・
多分、乱暴な中絶で、もう妊娠しないだろうと思われる子宮・・

顔は毎日の農作業で真っ黒でしみだらけ・・
気のせいか白髪が出て来た・・

夫も朝晩、顔を見るとほほがこけ、髪の毛が薄くなり、まるで別人。

ようやく、一年が過ぎ、帰宅を許される事になりました、でも夫は
独房入りが有って1ヶ月遅れるみたいです。
私は家に帰されました。
まるで別人で無口な私は離れに閉じこもり、誰ともあわずに只眠りました。・・そして
夫が帰ってきました。
それからの話しは・で。

とある国で・

私は管理所の主任に犯されました。
部屋に帰されても涙は止まりません。
同じ部屋に他に4人います、その中の一番年配の金さんが、「やられたのかい、あんたは若くて綺麗だから、あいつらからされるのは時間の
問題だと思っていたよ」「年寄りか不細工だったらやられなかったろうにね」と言われました。涙は止まりません。

私がこんな目にあったのには訳がありました、当初から短波ラジオの
事など、どうして?と思う事だったのです。段々わかってきました、
わかってもどうしようもないのですが・・

次の週の夜、又呼び出されました。
今度は縛られはしませんでしたが、主任のベッドに連れて行かれ
「早く脱げ、全部見せろ」と言われ、「許して下さい、私は結婚
していますし夫に申し訳出来ません」と言うと「いう事を聞かないのなら逆に旦那に言うぞ、それとも旦那が痛い目にあってもいいのかな?」と言われ、全部脱ぎました。
主任は、「綺麗な体だ、随分昔から見たかったんだ」と言って
お乳を揉みながら乳首を噛みました、痛いだけです。そして
股を大きく広げられ陰毛を掻き分けました、「ここは旦那だけだよな?」「俺が初めてお前を見かけた頃は多分、生えていなかったろうな」等と言われ疑問がわいてきました。

「主任さんは私の事を知っているのですか?」と聞くと「わからないだろうな、俺はお前の家のすぐそばに住んでいたんだ俺は今35だから、お前は30か、俺は同じ小学校に通っていたんだ」
「お前の家は金持ちで俺は貧乏で、お前は綺麗な恰好で俺は汚い恰好で通っていた」「中学を出るとずっと畑仕事だったけど、警察署の
小間使いをしながら勉強をしてここまでなれた」
「お前が高校大学と綺麗な恰好で自転車で町まで通う姿を畑仕事中に
見ると、何とかいつかはお前としたいと思っていたのさ」
と私の想像も出来ない事を言われ、いきなり陰毛を引っ張られ
「こんなに毛も生やして・・ここには旦那のを入れて、喜んでいたの
か、これからは俺のものだからな」と先っぽをあてると、余り濡れているともいえない膣に入れてきました「痛いです・・」「すぐ気持ち良くなるから」と言われましたが好きでもない人との性行為が気持ちよくなるわけがありません、やがて主任は大きく動くと逝きました、
又、私の中です。「毎週俺が宿直の時はするからな」と言われ
本当に落ち込みました。

夫とは朝晩、顔を見ますが、会話は出来ません。
後で夫に聞いた話では、この頃から私は暗い顔をして夫の方を見ないようにしていたみたいでした。

毎週、主任に犯されていました、性行為をすると情がわくのでしょうか、段々と嫌いな感情が薄れて来ました。主任はお菓子等をくれました、私は部屋に帰ると皆に食べさせました。
それが問題でした。

別部屋の人が「あいつは人妻のくせに主任と寝て御菓子等をもらい、
まるで売春婦だ」と言い、その噂が管理所中に広まりました。
それが男性管理所にも聞こえました・・夫の耳にも入ったと思います
朝晩の農作業に行く時に、夫は顔を向けなくなりました。
後での話しですが、夫の同室者が、「お前は幸せ者だな、おっかあが別嬪だといいなあ、お前も何か貰っているのか?」といい、
皆の見る目が同情で見る目と蔑むように見る目と色々でしたが
嫉妬と怒りで自分を押さえる事が難しくなり、ついに言ってきた
同室者を殴ってしまいました、そして独房入りです。

管理人が独房の前で独り言のように言いました。
「お前は気が付いていないのか?馬鹿だなあ、短波ラジオは主任の
警察での後輩がでっち上げたんだよ、主任がお前のかみさんと
やりたくて考えたんだよ」
「俺もお前のかみさんとやらせろと主任に言ったら、馬鹿野郎と殴られた・・あの野郎、いつかやっつけてやる」

これで経緯はわかりました・・でも今はどうしようもありません、
1年を待つばかりです。

私との性行為を終えて、だらだらとお乳や陰毛をいじりながら主任は
話しをします、その中で警察の家宅捜査での話しをはじめ、私は
嵌められたことがわかりました。私が結構、いいなりだったので、主任は言ってもいいだろうと過信していたのでしょう。

その次の週は・・暴れました・・ペンで手を刺しました・・
殴られました・・気絶した私はほぼ裸状態で部屋に帰されました。
次回は・で。

デリのアラフォー熟女と(2)

名器の熟女が忘れられずに紋々とした日々を過ごし翌月、熟女の出勤予定を見て予約を…
待合せ時、ノーブラ、ローターを希望した。
待合せ…私の車を見つけた熟女がドアを開け「予約有難う…コレ…」ローターの
リモコンを…SW ON…熟女は「アッ…」虚ろな目つきに…
Hotelエレベータ内で舌を絡めデイープキス…堪りません!

部屋に入り服を脱ぎ脱ぎ…Pantiesを脱がせると、少ない陰毛が無い!
熟女「この前のお礼も兼ね、ツルツルにしたの~」「パイパン大好き~」
シャワーせずにベッドに押し倒し6-9 …即、舐め舐め…即、咥えて「ウゴ…ウゴ」
亀頭でクリをグリグリ…割れ目はビチャビチャ…

熟女は「アッ・アッ…あ~」竿を握り亀頭を膣口に…「挿れて~」
「菊門は如何かな?」「オマンコが良いよ~」奥を突き突きすると「アッ・アッ・あ~…」
唇を重ね、大きな善がり声を抑えると、肩に廻した両手の詰めを立てるので思わず
「痛い~」「ゴメン…気持ち良すぎるのよ~」

子宮口のヒダヒダが亀頭に絡みつき「アッ・アッ…あ~」喘ぎ声に合わせて亀頭を
締める…堪りません! 我慢できず…「アッ・アッ…出ているよ~動いているよ~」
絞り取るように肉ヒダが亀頭を絞り、膣口が根元を「キュ・キュ」と締めます。
名器のオマンコだ~!

湯船に熟女を抱っこするように浸かり、両手でムチムチ・オッパイを揉み揉み…
耳元で「来月は忘年会シーズンだよ~二人で忘年会したいけど、如何かな~」
日時を伝えルンルン気分でバイバイ~!

テヒと私・

 テヒから聞いた話を書きます。テヒが会の赤城達からひどい目にあって一ヶ月位過ぎました、テヒがママから言われたのですが、赤城達が会を抜けたそうなんです、又指を落としたらしいのですが・・ママから、あの人達は危険だから、帰り道とか気をつけるようにとの事でした。
 又一ヶ月位過ぎました、特に何もなかったので段々注意もしなくなって来ました。お店が終わって帰り道、アパートまで歩いていてもう2分位で着くあたりに暗がりがありそこで男二人が隠れていて駐車していた車にテヒを連れ込みました、声を出そうにもタオルで押さえられ、運転手も含め3人から捕まえられたら逃げようがありません。
 赤城達でした・・どこかのマンションに目隠しもされ連れ込まれました。「おい、ちょん
お前がママに言わせたのか?俺たちは会をおんだされた、商売のくせしてふざけやがって、ちょっと遊ばせてもらうからな」と言われ、怖くて怖くて声なんて出せませんでした。
 「服脱げよ」と言われ、下着姿になりました。「なにしてんだよ、ちょん、全部脱いでまんこを見せるんだよ」と言われ全部脱ぎました、「おお大部生えたな、又剃るからな」と言われ、足を大きく広げさせられました。今日は何本入れた?ちゃんと洗ってきたろうな?などと言いながらまんこを弄り始めました、他の二人は乳首をつまんでいました。
 舐めろと言われ、ちんちんを口の前にあてられ咥えました、少しすると布団の上に横にされ、赤城はあまり濡れてもいないのにちんちんをあそこに入れてきました、私は我慢して気持ちがいいような顔をしました、「そうか、そうか気持ちいいか?」と言うといきなりそのまま私の中に出して来ました、他の二人も同じように口でしてから入れてきて中に出してきました。
 もう終わりかと思ったのですが、そうじゃなかったのです、シャワーで洗わされ、又布団に寝かされ、今度はバイブをあそこに当てられ、乳首にも違うバイブを当てられました、こんな人達、いやだと思ってもあそこは気持ち良くなってきました、声も出始めたと思います、赤城はそれを寄こせと言って他の男が飲んでいたビールびんを私のあそこに入れてきました、「お前はやっぱりちょんだなあ、助平な女だな、」と酷い事を言うと私をうつ伏せにすると、枕をおいてお尻を上げさせ、まんこから流れ始めていたおつゆを後ろの穴に塗り始めました、もしかすると、と思ったらやっぱり肛門に入れようとしてました、でも簡単に入
りません、「おい、何かないか、バターをもってこい」と言うとバターを指で塗り始め、その指を入れました、それからちんちんにもバターを塗ってお尻の穴に入れて来ました、痛かったので「痛い、痛い、やめて」と言っても聞きません、とうとう全部入れました、そして、後ろの穴にも精液を出しました、他の男は「俺は前の方がいい」と言って又入れて来ました、何回づつされたのか、頭が動きません、やはり陰毛もまた剃られました。
 赤城は「この事をママに言ったら、ママは会に話すから、言うんじゃねえぞ、ビデオも撮ったし、もし言ったら今度は指つめをさせるからな」と言われ下着はなく服を着せられアパートの前で降ろされました。
 Sexは、こんな仕事だからしょうがないけど、中に出されたり、お尻に入れられたり、陰毛を剃られたり、なんでこんなひどい目にあうのか、本当にいやになりました。やさしい貴方の事を思うと涙が止まりません。テヒはこんな事のあった次の日に私と会い、ホテルで裸になって剃られたまんこを見せながら泣いています。
 「強く抱いて、舐めって、入れて」とテヒは涙を拭きながら言います、私は、余りにも可哀そうと思うのと、すべすべのまんこを舐めっていると、私も涙が出て来ました。
 テヒの中はいつもと同じで狭く、私のちんちんにまとわりつく感じで私はあまりの気持ち良さにすぐ逝ってしまいました。背をなでながら黙っていると、「結婚して」と言ってきました、私はその雰囲気のなかなんで「いいよ、でも韓国へ行ってご両親にあいさつしないと、それにまだ離婚していないんだ、もう少しまって、でも俺のマンションに来なさい、店はやめなさい」と言いました。
 最終的に、韓国に行って、私より2つ上の父親に挨拶し、女房とも離婚が成立し、今テヒと新婚生活です。今のなやみは毎晩、Sexをする事です、可愛いテヒとですが、流石毎晩は‥きついですね、あの時の赤城達との事を考え、テヒは思い出したくないだろうが、私には刺激となっており、後ろも試しました、でも前の方がいいです。でも毎晩は・・・誰か代わってくれませんか?冗談ですよ。死ぬまで頑張ります。でもコロナで家にいると、テヒはずっと裸です、1日3発は無理ですよね・・・

テヒと私・

 テヒは21歳の女優のテヒににたかわいい子、私は55歳のおじさん。テヒはエステで働く韓国人、私は一応お客ですが、一緒に旅行に行ったりしてるし、勘違いと思うが愛されていると思っている。
 2週間に一回位の割合で店に通っていたが、テヒの気立ての良さがわかりSexの相性も良く、毎週通うようになった。
 多分だが・・ちんちんを入れるのは俺だけだと思う、ちんちんを舐めてくれるのもおれだけだと思う、キスはわからない、スマタはやっている、手で抜くのはあたりまえだろう。
 最初はそんな仕事の女の子とお客の関係と理解し、他の客と何かしても別にしょうがないし当たり前だろうと思っていた、でも、段々俺だけのテヒ、俺だけのまんこ、俺だけの乳等と思うようになってきた、いつも一戦が終わった後、最近の客はどうだ、いやな事はされてないか?等と聞くようになってしまった。
 私の家庭は、妻が何か感づいて、別居となりました。私の気持ちはますますテヒにのめり込んできました。
 ある日、テヒの可愛いまんこに私のものを入れ、今日は中でいいよと入れる前に言われていたので、全部絞り切るみたいに中で逝ってしまいました。その後、抱き合って背中をさすっていると、「いやな人がいるの、ままに女の子を代わってもらおうとしたけど、私を指名してくるので代えられないの、本当にいやなの」「どんなやつ?」「40位で小指がない人」「怒らないで聞いて」との事で聞きました。「来ると、必ずキスをしに来るの、それも舌を入れてくるの、マッサージ中もパンツの上からだけどあそこを触ってくるの」「それ位なら我慢したら」と言うと、「スマタをすると必ず入れようとする・・」「入れられたの?」「何回か入れられた、きもちいい?って言われるけど、いいわけないじゃない」ママにいやだって何度も言うんだけど、どうにもならないんだって、がまんしてって言われるの」「あたしは貴方がいるから、こんな仕事やめてもいいんだけど、なんかからくりがあって、ママからやめたら困ると言われて、ごめんねがまんして・・」と言われ何も言えなかった。
 テヒから、店の終わる頃に迎えに来てとメールがあり、出口の陰で待っていた。
 テヒは私を見つけるとすぐ抱き着き、ホテルに行こうと言い、タクシーを捕まえホテルに入りました。車の中では無言で涙を押さえてました、部屋に入ると、洋服を全て脱ぎ捨て、「見て」とあそこを見せました。陰毛が全然ありません、まんこの周りには赤いあざが沢山あります、お乳も抓られたようなあざがあります。どうしたんだ?誰にされたんだ?と私は言いました。
 あのいやなやつが、友達だと言って二人連れて来てママに今日は貸し切りだぞと言い、何万かのお金を払いました。女の子は私を含めて三人いたのですが、一つの部屋に集められ、皆、脱げと言われママはお願いみんな言う事聞いて、○○会の人だから、と言うので皆、しぶしぶ服を脱ぎました。嫌な奴は赤城といいますが、赤城さんはどの子を選びます?と言われ、赤城は俺の最初はこれだよと言って私のお乳を掴みました、わかりましたではと言ってそれぞれが女の子を決め、別々の部屋に入りました。
 赤城はシャワーから小部屋に帰ると舐めろとちんちんを顔の前に突きつけました、嫌ですと言うとママとは話しが出来ているしこれからも商売を続けられるとママは喜んでいるぞ、と言われ、諦めました。口の中でどんどん大きくなって、もういいと横になり上になって入れろと言われ我慢しながら入れました、逝かれそうな感じだったので抜こうとすると腰を掴まれ、そのまま中に出されてしまいました。すぐ洗いに行こうとしましたら、隣の部屋の男を呼び、やっていいぞといい、自分の精液が残ったままで入れさせました。その人が終わったら又別の人が入れて来て、結局三人に中に出されました。
 ぐったりしていると赤城が来てアカスリ室に連れていかれ、そこに寝ろと寝かされ、動くな、怪我をするぞと言われ固まっていると剃刀で下の毛を剃られました、おいとみんなを呼び、私のまんこを広げて見せました、おう綺麗にしたな、韓国人は無いのが当たり前だからな、などと言い、みんなが見ている前で赤城からまた順番に入れられました。
 いやなやつらが帰った後、ママからみんなごめんね、とお金をもらいましたが悔しくて、悔しくて、涙が止まりません、貴方に会いたくて、貴方に謝りたくて、ごめんなさい。
 「やめた方がいい」と言うと「ママが困る、韓国のコネクションも困ると言われている」
「もう少し我慢します、どうしても我慢できなかったらその時は一緒になって」と言われ
私もその気になりました。とにかく、裸のテヒをお風呂に入れ、清めました。毛の無いまんこは子供のようです。ぺろぺろ舐めました。テヒは私の頭を押さえ名前を呼んでいます。ベッドに移り入れました、どうしてかわかりませんが私のものはいつもの倍位の大きさでした。逝く感じも空を飛ぶようなハイな感じでした、テヒを大部良かったのか私の背中に爪を立てていました。
 次の日、店に行くと、ママが陽子ちゃんの事は御免なさい、あの人達の上の人に話したから、もう乱暴はしないと思うので・・・わかりました宜しくお願いしますねと言い、テヒの部屋に行きました。テヒは私に抱き着き口を会わせて動きません、涙が出ています。今日は時間がないよと私が言うと、そのままちんちんを出し口に咥えました、あまりの気持ち良さに逝ってしまいましたがテヒはそれを全部飲みました。そのままキスをしましたら精液の味がして、うまくねえな、なんて感じました。
 この後のテヒとの展開は後日書かせて下さい。

 

デッサンモデルアルバイト

結構な田舎に住んでたんだけど近所に引っ越ししてきた芸術家の子連れの夫婦がいた。
子供は女の子で中1で俺が当時中2。
あまり子供居なかったのもあり女の子と仲良くなり何度かお互いの家でゲームしたりDVD見たりした。
その子の家にはその子を書いた絵が何枚も飾ってあった。
ある時その母親からアルバイトしないかと言われ二つ返事したけど実は絵のモデルだった。
当然着衣だと思ってたが当日アトリエに行くとそこには女の子のヌードデッサンなんかも飾ってあったりして、当たり前にヌードだと言われて驚いた。
ちん毛がそこそこ生えてからは誰にも見せたこともなかったから無茶苦茶恥ずかしかったが先払いでお金貰ってて使ってしまった後で後には引けなかったな。
その母親とその知人らしい女性二人の前で脱ぐと特に目立った反応なく淡々と時間が過ぎて行ったな。
1番最初はただひたすら恥ずかしくて天井の角見てたら勃起しなかった。
でも休憩して次の時にポージングで3人の姿が見えるとさすがに勃起したよ。
勃起しだすと顔がニヤけてたけど、何も言われたりはなかった。
終わった後で少し言われたけど、その程度。
剥けてない、包茎って事は当事そんなに気にしてなかった。
それより陰毛生えてから男女問わずで初めて他人に晒した事が無茶苦茶恥ずかしかった。
その後暫くしてまた誘われたけど断ってしまって少し間が開いたけど、高校になってからバイト代一気に上げてくれて2回やったな。
高校でも勃起して少し剥ける程度だったと思う。
高校の時はスタートしてすぐに勃起したと思ったけど、ニヤニヤと見られたって記憶しかない。
ただ終わった後で別室で身支度してたら描き手の一人が入ってきて
    
「大きくなったね~!色んな意味で。若いって素敵ね。またモデルしてね。」
    
みたいな事を言われたのはよく覚えてる。

タイに住んでいた中学生の頃、駐在員の奥さんとやりまくった

私の、昔の思い出を聞いて下さい。

私がまだ中学二年生の頃でした。

私は父親の仕事の都合でタイのバンコックに住んでいました。

当時でもタイの日本人社会は大きく駐在員の家族を含め多数の日本人が住んでいました。

日本人の駐在員の奥様達は、開放的なタイの気候、風土の為か中学生の私にも刺激的な話が聞かれました。

クラスメートのお母さんの一人が幼稚部の先生をしていた方ですが、日本人小学校の先生とできてしまった事件も有りました。

小学校の卒業謝恩会にピンクの透け透けのブラウスを着てくるお母さんもいました。

子供、と言っても小学6年生で初めてオナニーを経験した私には、オナニーの材料となる開放的なお母さん達が大勢いて、
中学生の頃は毎日最低2回はオナニーをしてました。

そんな中で印象深い奥様を何人か紹介しましょう。

一人目は臨時で英語の教師として採用された、H子さんです。

この奥様は某商社員の奥様なのですが、英語の先生が一人産休を取られた為、臨時教員として採用されました。

年齢は30台前半で、背丈は155センチは無かったと思います。

胸は大きかった、90CM近かったのではないでしょうか、
何と言うかとても肉感的な奥様でおっぱいが砲弾的に白い薄いブラウスを押し上げていたのが印象的です。

そして何より私のあそこを硬くしたのは、むっちりとした腕が上がる時に見える真っ黒な大量の脇毛でした。

授業中に髪の毛を押し上げるしぐさが多かったもので、暑いバンコックのことですから、

ほぼ連日ノースリーブの脇の下に収まりきれない脇毛が堪能出来ました。

私は、男らしいと言うよりは可愛らしいタイプでした。

先生、特に女性の先生の受けは良く、可愛がって貰いました。

私との秘密が出来たのは、休日に私が一人でマーケットに買い物に言った時奥様に偶然出会ったのです。

私は、マーケットに近くの日本人がやっている工作道具を売っている店で買い物をした帰りでしたが、
奥様はくだもの等の買い出しでマーケット来ていたようでした。

タクシーでも拾って家に帰ろうとしていた私は「T君、こんな所で何しているの」との車からの声に呼び止められました。

学校で見るより更に刺激的な黒のノースリーブのタンクトップ姿の奥様に目のやり場に困りながら、
買い物を終えてこれから帰るところだと説明すると、家が近いので送ってあげるといわれました。

私は奥様の側で、刺激的な姿態が見れると思うと思わず半ズボンの下が硬くなりながら助手席に乗り込みました。

車に乗り込みお礼を言いながら奥様の姿を眺めると、なんと白のミニスカートの下には黒いパンティがうっすらと透け、
もちろんパンティストッキングは付けておらず小さなサンダルに包まれた足の爪にピンクのマニュキアなんとも色っぽく見えます。

車を走らせながら何を話したかよく覚えていませんが、私が顔を赤くしながら胸、脇の下からはみ出た脇毛、
パンパンに張った越しまわりを盗み見ている様子を奥様はどきどきしながら見ていたと後で教えてくれました。

お買い物の荷物がたくさん有るので先に奥様の家に寄って荷物運びを手伝ってと言われた時、私は妖しく胸がときめきました。

奥様の家に着き、荷物を抱えて奥様の家に入りました。

御主人はシンガポールに出張中で、留守でした。

お子さんは近所の家に買い物の間預けていると言ってました。

わたしは、奥さんに続いてキッチンに入り荷物をしまうのを手伝いました。

奥さんが両手を上げて棚に果物を置く時、隣に立っていた私は、
甘酸っぱい汗の匂いのする脇の下に思わず鼻を近づけ大きく鼻から息を吸い込み、その甘い匂いに立っているのがやっとと言った感じになりました。

冷蔵庫に果物をしまう時は、片膝を立てミニスカートの膝を斜めに開いた奥様の股間が隣に座った私には丸見えで黒いパンティが網目で出来ていることまで、確認できました。

股座を覗き込んでいる私にようやく気づいた振りをして奥さんは、「何見ているの」と聞きました。

ふいを衝かれ、押し黙る私に「もう、女の人の体に興味がある年齢なのかな」と独り言ともつかないことを言って、
「こっちにいらっしゃい、もっと良く見せてあげる」と奥さんはリビングルームのソファーに向かって歩き出しました。

私は彼女の後を付いていくだけでした。

「さあここに座りなさい」奥さんは自分はソファーに腰かけ、ソファーの前の床を指差します。

私が座ると「ちょっと恥ずかしいな」と言いながら足を持ち上げ膝を抱える形で股を大きく開きました。

私の目の前30CMに奥さんのあそこが黒い網目状のパンティに包まれさらされています。

良く見ると、網の下には黒々とした陰毛が見えています。

「さあ、良く見るのよ」と言って奥様は腰を浮かし、そのパンティをお尻の方から脱ぎ始めました。

もう私の視界を遮るものは何も有りません。

母親の陰毛は見たことが有りましたが、割れ目を見るのは生まれて始めてです。

それにM字になった足の間で腰を前に突き出した余りに無防御な体勢の奥様のあそこは、割れ目の回りのビラビラまで少し開きうっすらと濡れています。

「何か、感じちゃうな」奥様は独り言を言いながら、「いい、これがおまんこ、ここから子供が産まれるの。

でもここはこうすると...」
と言いながら私の手を取りあそこに押し付け、「やさしく上下に撫ぜて、とても女性は気持ちが良いの」と言います。

わたしは、さっき見た時には気づかなかったのですがとても濡れていることに驚きながら、自主性を発揮し、撫でまくりました。

割れ目の上には尖った部分が有り、これがクリトリスかなと当てを付け、クリトリスが一番感じるとの知識を持っていましたので親指の腹でやさしく撫で回しました。

「そう、それ凄き気持ちがいい」奥様の言葉に自信を持った私は、中指を膣の中に挿入しました。

「ああああん」ひときわ奥様の声が高くなります。

今や私の手は奥様の愛液でびしょびしょです。

私の股間も半ズボンのチャックを押し上げきつきつです。

私が股間を苦しそうに動かしているのを見た奥様は、「わたしばかりがいい気持ちになってもね」
と言いながら足を床に下ろし「さあ、あなたのおちんちんを見せてご覧なさい」と言いました。

私は立ち上がり、すぐにズボンとパンツを脱ぎました。

下腹部を叩くほどの角度で勃起している私のおちんちんを見て奥様は、「すっごい」と言いました。

まだ、14歳ですから、勃起の角度は文字どおり腹にくっつくくらいです。

それから、私の物は当時は自覚が有りませんでしたが、18CM強と大きく、特に可愛らしい中学生の子供の一物がまさかこんなサイズとはとても想像できなかったようです。

奥様がほれぼれと私の一物を見上げるようにしながら、手を伸ばし私の一物を握りました。

「あっ」私は思わず声が出ました。

「T君は女泣かしになるな」と言いながら奥様は優しく握った手を上下し始めました。

めくるめく気持ちの高まりに「待って」私は叫びました。

手を放しながら「もう気持ちよくなっちゃうところだった?」奥様は聞きます。

「僕、先生のおっぱいを見たい、それから脇の下の脇毛も」「まー、T君はHなんだからあ」
奥様はそう言いながらも立ち上がると、「こっちにいらしゃい」と言い、寝室に向かって歩きながらタンクトップを脱ぎ始めました。

私は股間を押さえながら奥さんの後に続きます。

寝室は大きなダブルベットが中心に有ります。

タンクトップを脱ぎ捨て、白いブラジャーを外しながら奥様はベットに倒れ込みます。

仰向けに直って両腕を頭の下に組んで脇毛を露にしながら、「さあ、いらっしゃい」奥様の声を聞くまでも無く、私は奥様の大きなおっぱいににむしゃぶりつきました。

見た事もない大きな乳輪は少し褐色でしたが、その中の1CM程飛び出した乳首が不思議で私は飽きもせず嘗め回しました。

「乱暴にしてはだめよ。

やさしく舌をはわすの」砲弾のような胸を握りながら、奥様の言う通り舌先を回して大きな乳首を交互に舐めると
「そうそう、上手よ、あああん」奥様は気持ちが良さそうです。

「さあ、そろそろ大人にしてあげるわね」奥様はそういうと私を仰向けにして、私のおちんちんをつかみながら跨ります。

「いい、うごかないでね」奥様はそう言いながら私のおちんちんをあそこに当てがい、ゆっくりと膣の中に導きます。

やわらかくあたたかい感触がおちんちんに広がり、なんとも良い気持ちになるとともに、これでもう童貞でないという気持ちでうれしさがいっぱいです。

「ちょっと、大きすぎるな」「あああ、でもこれすごくいい」遂に、わたしのおちんちんが根元まで入りました。

私の胸に手を付き奥様はゆっくりと腰を私のおちんちんの根元に擦り付けるように前後に動かします。

私は夢中で奥様の胸を握り締め乳首を親指で転がしながら、「あああ、だめです。

もう出ちゃう」と言いました。

「もう少し、もう少し待って」と奥様は言いましたが無駄でした。

これまでのどんなオナニーよりも気持ち良く、私は奥様の膣の奥深くにどくどくと射精しました。

「ああああ、私も変になっちゃう」奥様は一段と強く腰をこすりつけ、私の上に覆い被さります。

まだ私の射精が続く中、私は始めて奥さんとキスをしました。

奥さんは舌を私の口の中に入れてきます。

大人のキスはこういう物なのかなと思いながら奥さんの舌を吸い、
唾液を飲んでいると私のおちんちんは奥さんの中で再び元気になりだしました。

「嘘みたい」と言いながら、私のおちんちんを奥さんは締め付けます。

「でも先にシャワーしましょう」そういっておきあがろうとする奥さんに私は「待って」と言い抱き寄せます。

そのまま私が上になるように回転し、奥さんの腕を頭の上に押し上げ脇毛を露にしてそこに顔を埋めました。

激しいセックスで汗を一段と書いた奥さんの脇の下は一段と独特の匂いがして、私は夢中になって鼻を鳴らします。

「不思議ね、うちの主人もそれが好きなの」奥さんはやさしく私の頭を抱きかかえます。

「さあ、もう良いでしょう。

シャワーに行きましょう」私はやもうえず起き上がりました。

脇毛で僕を刺激してくれた思い出の若奥様先生とはその後一年間くらいの間に合計で10回くらいSEXをしました。

この日は次に、シャワーを浴びながらフェラチオをしてもらい、初めて精液を飲んでもらい、
そろそろ子供を迎えに行かないといけないと言いながら急いで服を着る後ろ姿に私は思わず我慢できなくなり、
3度目のセックスをバックからました。

それからは、学校ではチャンスは有りませんでしたが、
ご主人が出張に出ると自宅に呼んでもらい、お昼寝をしている子供の横で声をかみ殺して後ろから僕を迎え入れたり、
リビングのソファーに腰をかけながら散々パンチラで僕を興奮させてから気の遠くなるような長いフェラチオで行かせてくれたり
僕は奥さんの膣の中、口の中、胸の間で、何度も何度も良い気持ちにさせて貰いました。

この思い出の女性との別れは奥様が妊娠してしまったからです。

勿論私はそんなに頻繁にSEXしていませんでしたので、私の子供ではないと思います。

最後にSEXしてから3ヶ月位して、「子供が出来たからもう止めましょうね」と言われ、
僕が残念な顔をすると「最後にもう一度だけ、口で行かせてあげると言われ、
放課後に人目を忍びプールの女子更衣室でしてもらったのが最後でした。

彼女とSEX出来なくなったのはとても残念でしたが、
実は既に他にもSEXしてくれる人が2人いましたので特段性欲処理に困ることも有りませんでした。

それでは、私にとって二人目のとても魅力的な女性に話を移します。

この女性も、もちろん人妻で、タイの開放的な風土のためかとっても大胆に振る舞う女性でした。

実は、この奥様は父と同じ会社の人の奥様で、私が住んでいた同じマンションに住んでいました。

幼稚園に入る前の女の子供がいる30代前半の背の高い女性です。

胸は小さ目で、スリムでした。

きっかけは、彼女が頭の髪の毛を切るのが上手だということで、
(当時はタイの床屋さんは汚くて言葉が通じなく髪を切るのは憂鬱でした)私が頭を刈りに彼女の家を訪ねた時に生じました。

勿論以前からこの奥さんとはしょっちゅう顔を合わせていましたし、私の家にもちょくちょく遊びに来ていました。

また、この奥さんは私のことを気に入っていたようで、良く話し掛けてきました。

また、彼女は余り意識していなかったのでしょうが、
時々びっくりするようなミニスカートで子供の私を無視するかのように大胆な格好でソファーに座ったりして、パンティを見せてもらいました。

愛液が多い体質なのか、パンティの中央が濡れて汚れていることも有りました。

この日、子供は、アヤさんと言われるタイ人の住み込みのお手伝いさんと外に遊びに行って不在でした。

私は学校から帰ると、その足で奥さんの家のベルを鳴らしました。

奥さんは私を袖口が大きく開いたブルーの花柄のワンピース姿で出迎えてくれました。

「さあ、こっちにいらしゃい」奥様は私を寝室に続くバスルームに連れて行きました。

バスルームは広く、真ん中に椅子が置いてあり私はそこに腰掛けました。

奥様はバスタオルを私の首から巻くと、床屋さん並みの種類のはさみをならべ早速ヘアーカットを始めました。

はじめは気がつかなかったのですが、ヘアーカットの際、ひじを上げると大きく開いたワンピースの脇の部分が露になり、
そこにはうっすらと糸を引くような脇毛が見えます。

最初の奥さんとの告白でご承知の通り、私は脇毛フェチとなってました。

ひじを上げるたびに私の視線が脇の下にいきますので、奥さんも途中で私が何を見ているか気がついたと思います。

同時に私の短パンの前がむっくりと膨らんでいることも。

頭を刈り終えると奥さんは、
「髪の毛が身体につくとかゆいから、ここでシャワーをしていきなさい」と言います。

僕はおちんちんが勃起していましたし、どうしようかなと思ったのですが、
さあ服を脱いでと良いながら、巻いていたバスタオルをはずし、私のポロシャツを脱がします。

「はい、ズボンは自分でとってね、おばさんは向こうにいるから」と言って奥様はバスルームから出て行きました。

私は、短パンを脱ぎパンツを脱ぎバスタブを跨ぎました。

その時奥さんが戻ってきて、「服、濡れるから、もらうわ...」
奥さんは息を呑みました。

全裸で立つかわいい少年の股間に、18CMのおちんちんが目いっぱい勃起していたのですから無理も有りません。

少年のものとは思われない、包皮もすっかり剥けたものが下腹部を打つような角度で立っています。

奥さんは、それこそ恐る恐るといった感じで私に近寄ると、「すごいはね。

いつからこんなになっていたの。


と言いながら私のものをそっと握りました。

「あ!」期待にあふれる私のものは心地よさに一段と反り返りました。

「すごい、元気ね、よし、私が身体を洗ってあげる」奥さんはそう言うとワンピースを脱ぎ捨てました。

ワンピースの下はブラジャーとパンティだけでした。

「さあ、シャワーを出して」
私は蛇口をひねると奥さんは下着を脱ぎ捨てバスタブ入ってきました。

「女の人のはだか見たことある?」私は勿論「いいえ」と答えます。

奥さんはシャンプーを私の頭にかけると頭を洗い始めました。

私はバスタブの中に座わりました、目の前には奥さんのあそこが有ります。

とてもスリムで平らなお腹の下には、かなり濃い目の陰毛が広がります。

私は我慢が出来なくなり、手をそっと伸ばしました。

下腹部を撫ぜてから、おもむろに手を割れ目に向けます。

「いや、Hね」と言いながらも奥さんは拒みません。

私は自信をもって、中指でクリトリスの辺り探りました。

そこにはこりこりした感触が有り、かなり大き目はクリトリスが包皮から頭を出しているのが分かりました。

もう我慢できない私は、奥さんの下腹部に抱き付き陰毛に顔を埋めました。

「まってまって、楽しいこと教えてあげるからもう少し待って」奥さんはそう言うと私の頭のシャンプーを流し、
石鹸を手に取り私を立たせ身体を洗い始めました。

「随分大きなおちんちんね」
そう言いながら奥さんはおちんちんも丁寧に洗ってくれました。

「さあ、身体を拭いてそこのベッドで待っていて私も身体を洗うから」
私がベッドの上で手持ちぶさたに座っていると、奥さんはバスタオルに身体を包み出てきました。

「ちょっと明るすぎるかな」と言いながらも、「あなた、初めて」と聞きます。

当然私は初めてではないのですがその方が良いと思い「ハイ」と答えます。

「いい、女の人の体を教えてあげるからここに座って」自分はバスタオルをハラリと床に落としベットに寝転びます。

私は奥さんの二本の足の間に座りました。

股の間に置いて秘所を隠していた手をどけ、私にあそこを良く見せるように足を大きく開きます。

「これが、クリトリス、私のは少し大きい見たい。

これが大陰唇ビラビラしているでしょう。

そしてこれが小陰唇、気持ちよくなると膨らむわよ。

でここが膣口。

ここに男の人はおちんちんを入れるの」
私は英語の先生にも教えて貰ったとも言えず、でも女の人によって随分形が違うなと妙に感心しながらあそこを見つめました。

大陰唇はビラビラしていると言ってもそれほど大きくなく、英語の先生はひっぱれは5CMは軽く伸びるほどでしたので、
すっきりした形に見えます。

クリトリスは圧倒的に大きく優に小指の頭位の大きさは有ります。

そのクリトリスに顔を近づけると、「ここにキスしても良いわよ」と言いますので、ゆっくりと回りを撫でるように舌を這わせます。

奥さんはよほど気持ちが良かったようで、大きな声を出します。

クリトリスをしゃぶりながら、
中指を膣に差し入れゆっくりとかき回すと一段と声が大きくなり、私も我慢が出来なくなってきました。

「入れて良い」と聞くと「いれて、いれて」と言います。

もうはちきれんばかりになったおちんちんを狙いを定め、ゆっくりと膣に差し入れます。

「あああ、気持ち良い」「僕も気持ち良いです」根元まで挿入すると、徐々に抜き差しのスピードを早めます。

「あああ、僕、上手よ」奥さんに励まされて一層激しくピストン運動を行うとあっけなくいきそうになりました。

「出ちゃうよ、出ちゃうよ」と言いますと「いいわよ、来て」あえなく私は奥さんの膣の奥深くにどくどくと精液を出しました。

奥さんのあそこはひくひくして心地よい感覚を与えてくれます。

大量に射精が終わると、流してくるはと言って奥さんはバスルームに行きました。

ベットに仰向けに横たわり、二人目の熟れた身体を手に入れた喜びに私は思わずにんまりとしました。

この奥さんとはその後私が帰国する直前までおよそ1年半の間、多い時は週に3度、少なくとも週に一度はSEXをしました。

やはり家が近かったのですぐに合えるのが楽でした。

奥さんの好きな体位は向かい合って座り私の長い物を差し入れた状態でゆっくりと腰を前後左右に振る変形座位でした。

この格好だと私も私の物が奥さんのおまんこに挟まれているさまが良く見えて興奮が一段と高まりました。

それから、お互いに時間が余りない時は、奥さんはパンティを取っただけ、
私は半ズボンのファスナーをおろしおちんちんを出しただけの格好の立位を良くしました。

アヤさんが子供をリビングで遊ばせているような時に寝室のスツールの前に手をつかせ後ろから強引に入れるのです。

最初は濡れていないので痛いのですが、すぐにぐちゃぐちゃになり、最後は声をかみころして行くのです。

本当に楽しい日々でした。

その島民は美人ばかり、彼女たちは裸でいます

トロブリアンド地方に伝わる伝説 (KAYTALUGIの話)
     
あなたがシム島とMuyuwa島の間(つまり北寄りの方向)を航行するなら、外洋を超えて、はるか遠くの大きい島に行き着くでしょう。
それはKaytalugi島と呼ばれます。
島の大きさはBoyowa島(Trobriad諸島で最も大きい島)くらいです。
そこには多くの村があります。
その島民は美人の女性ばかりです。
彼女たちは裸でいます。
彼女らは陰毛を剃りません。
陰毛がとても長くなるので、草の葉で覆います。
     
これらの女性は、強欲な願望のために非常に悪くて、非常に激しいです。
クラ貿易のカヌー船員がビーチに荒天により漂着し足留めされるとき、女性は遠くからカヌーを見ます。
彼女らはビーチで立ち往生している彼らを待ちます。
暗闇がビーチと彼らのボディーを覆うとき彼女達は立ち上がります。
女性は、男性が到着すると彼らに向かって走ります。
彼女たちはすぐに、彼らの上に跨ります。
陰部を隠す葉は引きはがされます。
女性は男性に暴行を加えます。
それはOkayauloと呼ばれ「ヤウサ」に似ています。
「ヤウサ」には、収穫祭の間だけという時期があります。
収穫祭が終わっているとき、ヤウサも終わっています。
Kaytalugiでは、時期に限らず女性は絶えず男性を襲います。
彼女たちは男性を決して放っておきません。
多くの女性がそこにいます。
ひとりの女性の行為が終わったとき、別の女性はやって来ます。
勃起できず交尾できないとき、彼らは男性に群がり鼻、彼の耳、彼の指、彼の爪先に陰部を押しつけます。
--すぐに男性は死にます。
     
島で生まれた少年は決して大人になれません。
少年は彼が死ぬまで性具として酷使されます。
女性は彼を虐待します。
彼女たちは彼の陰茎、彼の指、彼の爪先、彼の手に陰部を押し付けます。
少年はすぐに衰弱し、やがて病気になって、死にます。
     
     

QRコード
QRコード
アクセスカウンター