萌え体験談

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温泉

昔話

子供のスポーツクラブの監督や保護者会の役員数名で
遠征の下見に行った時に山間部にある有名な混浴温泉に立ち寄った時の話です。
気の知れたメンバーで女性は妻ひとりでしたが
バスタオル巻きで入浴出出来、濁り湯で全く見えないからと言われ
散々持ち上げられた妻も調子に乗り満面のじゃ寄っていこう!と
子供抜きでいつもと違う変な盛り上がりで立ち寄りました

確かにバスタオル巻きだし湯も白く濁ってて全く見えないし
よっぽど何かを配る度に前屈みで見えるブラチラや浮きブラや
パンチラの方がマズいだろうと思っていましたが・・・

湯の中を移動する際に温泉の滑りで床が良く滑るねと言いながら
打たせ湯や源泉に近いところなどに移動したりして温泉を楽しんでいたんですが
監督と会長の間にいた妻が移動しようとした?瞬間足を滑らせ体制を崩し掛けました
それに監督が反応し!(そこはさすがなんですが)

咄嗟に妻を支えてくれ
その弾みで監督も滑り
妻の腰?を持ったまま監督は尻もちを
妻も引っ張られ少し遅れて

監督の膝の上????????
に導かれるように
妻がON!!!!!!

足を前に投げ出すように座ってしまった妻は
自分で立ち上がることが出来なかった?んだと思いますが

はっ!とした表情を見せ
あの”はっ!”は監督のチンコを感じ取ったものだと
しかも何度か起き上がろうと
監督にホールドされたまま
監督のチンコ辺りを上下左右にホバーリングをし
「大丈夫落ち着こう」と監督に言われ
妻の動きが止まりました、、、、

あの”事件”は濁ってて
私的にハッキリ見えはしていませんが

監督の半笑い
何度も位置調整してるようにも思え
何より妻の表情にすべてが表れていたかと
最終的に落ち着いた時のふたりのリンクした表情雰囲気がもうー

次回からは
底まで見通せる湯を選びたいと思います!(そこ?)

今だから書ける
書けるようになってしまった私・・・

昔は緩かった

今でこそ、日帰り温泉などに行くと「(異性の風呂への入浴は)未就学児まで」などと書かれているが、自分が子供だった昭和末期はそういう注意書きはなく、公衆浴場では一般に12歳まで、つまり小学生は混浴可というのが暗黙のルールだった。
当時はロリなんて概念は一般的ではなかったし、今の子供たちに比べて発育も遅く(同級生で胸が膨らんでる女子は、小6の時でも半分いなかった)、まあ相手は子供だろ、という緩い時代だった。そうは言っても、普通はせいぜい小3~4くらいまでで、高学年の子が異性の風呂に入ることは殆どなかったが。

自分も、確か小3の時に家の風呂が壊れて、母親、姉(3つ上の小6だったが、胸はまだペタだった)と一緒に銭湯の女湯に入ったのが最後だったが、見知らぬ若い女性の生パイをこっそり見れたのは楽しかったが、それよりも同年代とか年下の女の子にアソコを見られてるような気がして、恥ずかしかったという記憶の方が強い。
ところが、自分が小6の秋に家族旅行で行った温泉宿で、なんと同じ年位の女子が男湯に入ってくるという衝撃的な事件があり、その時の光景は今でもよく覚えている。

その年は、父親の仕事の関係で夏休みにどこへも行けなかったので、9月に入ってから親がおわびに旅行に連れて行ってくれた。そのせいか、夕食の時、自分ら家族の他は殆どが年寄りばかりだったが、もう一組だけ親子連れ(娘を二人連れた父親)がいた。
上の娘は、少しお姉さんぽい感じがする可愛い子だった。上はぴったりしたシャツを着ていたが、胸の辺りが少しだけ膨らんでおり、年は自分と同じか、中1位かなと思った。一方、下の娘は少し年が離れているようで、まだ小学校低学年ぐらいだった。食事しながら姉の方をチラ見していたら目が合ったが、その瞬間は大きな瞳に見つめられて、ドキッとする位の美少女だった。

風呂は夕食前に父親と入っていたが、結構広い風呂だったので中で泳ぎたくて、夕食後にまた一人で入りに行った。入った時は誰もいなかったので、思い切り泳いでいると、しばらくして誰かが入って来る気配がしたので、ちょっとがっかりしたが、ドアが開き入ってきたのは、なんとさっきの親子連れだった。
父親と妹の方が先に入ってきたが、まだ外に人の気配があったので、もしかしてあの姉も一緒かもと期待していたら、遅れて彼女も入ってきた。が、すぐに自分がいるのに気づいて、胸を隠すように両手を胸の前で組んでいたので、おっぱいは見えなかった。
ただ、タオルを持っていなかったので、無毛の割れ目は丸見えで、同じ年か中学生位の、しかも美少女の割れ目は衝撃的だった。

彼女は、その後先に浴槽に浸かった父親と妹を追うようにして、浴槽の傍にしゃがんで、左手で胸を隠すようにしながら、器用に右手でかけ湯をしたが、浴槽からその姿を見ていた父親にきちんと湯をかけて入るように言われ、仕方なく左手を下ろしたので、今度は膨らみかけのおっぱいが露わになった。
胸は夕食時に見た服の上から想像したよりも大きく感じたが、それでもまだ明らかに膨らみかけで、堅そうな感じだった。その頼りなげな膨らみと先端の少し濃いめの乳首というか、突起した乳輪がアンバランスでいかにも成長途中と言う感じがして、大人のそれよりも卑猥だった。気づいたら、アソコがフル勃起していた。
浴槽に入る時は、どうしても胸の方に気が行くのか、下の方は無防備だったので、また割れ目が丸見えだった。

あまりジロジロ見ると父親に怒られるかと思ったが、父親は風呂ではしゃぎまわる妹の方に気を取られ、殆ど気にしていなかったようだった。なので、長湯のフリをして、その後も彼女が体を洗うときなど、その裸をたっぷりと堪能させてもらったが、彼女の裸だけ見てしまったのが悪い気がして、風呂をあがってから、体をふくときに、鏡の所で彼女からアソコが見えるようにして、わざとゆっくり着替えた。
その間、彼女の視線をチラチラと感じて、アソコがまた勃ち始めたので、やばいと思いあわててパンツを履いたが、その時にまた目があってしまい、恥ずかしかった。

翌日、朝食の時に隣のテーブルになったが、彼女は昨日のことがよほど恥ずかしかったのか、今度は一度も目を合わすことはなかった。でも、この服の下にあの体が・・・と思うと、半ズボンの中でアソコがフル勃起してしまい、食事を終ってもすぐに席を立てなかった。
母親が怪訝そうな顔をしていたので、内心焦ったが、半ズボンだと勃起しているのがバレバレになるので、飲みたくもないお茶を2杯も飲んでから席を立った。

昔の風呂屋、男の従業員が女湯をウロウロ

昔の温泉とか風呂屋って男の従業員が女湯を普通にウロウロしてたな。
桶の片付けや、脱衣場や排水溝、トイレの掃除とか、おじさんが狭いトイレのの掃除してて素っ裸のおばさんが脇を通って個室に入っていったりとかしてた。
酷いときは電気屋のおじさんとか女湯の脱衣場でコンセント直してたりもしてた。
電気屋はすぐ近所でオレの母親が凄くいやがってた。あの人いやらしいいのよって、全部見られたみたいな事を婆さんに愚痴ってた。

昔の年増女は良かった

今の女と違い昔の年増女は良かったよ。
もっと色気もあったよ。
      
今から30年ほど前三重県の榊原温泉の混浴風呂に入ったが、
地元の婆さんが大勢入っていたが、背中が曲がっているだけで、
身体はきれいだったね。
おっぱいの形も皆きれいだった。
     
60台の婆さんのヘアー丸出しの裸を見て勃起して揚れなくなったからね。
30台40台なら一番良いときだよ。
今度生まれ変われるなら、夜這いのあった日本がいいね。

昔の海水浴場の混雑、物陰で丸見え着替え

昔、今の老人達が若い頃、とにかくどこに行っても混んでいた。
海水浴場もプールもとにかく混んでいた。
海の家なんて客引きなんて居なかった、客を追い返していた。
公共の脱衣施設なんて整備されてないし、
せいぜいシャワーが2,3本建てられているだけで、海の家に入れなかった連中は
そこで真水を浴びて身体を洗って物陰で着替えていた。
その物陰も人だらけだった、男は、オッサンはポロンポロンだしながら着替えていた。
おばさん達も、近くの男に背を向けて着替えていた、
ちょっと離れたところからはオッパイは丸見えだったりした。
さすがに下半身はタオルで隠していたが、尻が見えるのなんて普通だったな。
大勢が同じ事をしてれば平気って感覚だったな。
   
そんな環境下で育った年代の女が娘時代だった30年程前までは裸に対してもっと寛容だった。
海やプールではハイレグやTバックの水着を着用し、乳首や乳輪まで透かしている女もいた。
日焼けサロンでも全裸の女が見れた。
スキーシーズンになると、混浴温泉に普通に女が入って来てた。
もう骨になっている当時の熟女さんなんか俺達見たいな若者を見つけると、
見せびらかすように全裸を披露してくれていた。
      
さらにその骨になっている世代のさらに30年ほど前の熟女さんたちは、夏になると解放感を求めて道端でも平気で全裸になってたよ。
混浴温泉?そんなのはなかったから、男湯にわざわざ入りにきては男たちを襲撃してたよ。
もう炭になってる人達のお話でした。

昔、金鉱、銀鉱山等で夫婦共働く女は下着など着なかった

江戸時代は勿論でもそう言うほど昔だけと言う訳ではなく
明治、大正、昭和も初期位までは、そうだったと言うお話です

さすがに石炭は明治以後ですが炭鉱は坑道も広く昔でもつるはし、
などを振るい掘っては蓑のようなもので運んだのでしょう、
案外女性も小さな蓑で運んだかもしれないが
坑道と言うのは暑く湿気もあり男も半裸にふんどしだけ
だった様ですが、女も似た様なものだっでしょう

そして昔から中でも!
金とか、銀とかの坑道は石炭の様に面を掘って行くのではなく
モグラが土の中に道を作るような形と同じく
金なり、銀の鉱石が一筋の土中に木の根のように延びているのを
追いかけるように掘って行く訳ですが、

一応背丈の坑道は坑道で有ってその側面からいくつもの穴が開いていて
その多くの穴がそれぞれモグラ道になっている、
最初の鉱脈が大きな時は1メートルもの大きさの穴で掘り進みますが

鉱石が少なくなればそれこそモグラ道の様に掘ると言うより
鉄棒で突き刺すような形で手掘りでその鉱脈を探しそれに添って掘っていく
その先はだんだんと採れる鉱石が少なくなればそのモグラの穴は細くなり
そうすると、最先端に女が入り、突き刺しながら鉱石を採り
その後ろにいる男へ渡す訳ですが

ふいごでずっと後ろから風を送る者も必要ですし
なによりもその先端の女の手先に蝋燭かランタンかで明かりで照らす者は
片手で鉱石を受け取り、後ろの者に手送りながら
先端を照らすのだが、当然のように先端の女の股間はしっかりと目に入る

せまい石の穴の中で働きまわる女は上半身腰周りまではしっかりした
衣服を着ていないといけないが、
そうなるともう股間など穿いているだけで暑いと言うより邪魔!
後ろに付く人間が夫であるとは限らないから男にすれば
つらい仕事の中の褒美みたいなおまけでもあったかもしれない

仕事が終わり皆がへとへとになって坑道から上がり
そう言う場所はえてして温泉があり、でも風呂と言うか池の様な中で体を洗い、
やっと休憩し、タバコなど吸い一息ついた頃に
まあ詰まる男たちの話は、エロ話くらいのもの

「おいっ、誰々のおっかあのオメコはすごくいい色をしてるなぁ」
と言えば「馬鹿か、ランタンの明かりでそう見えるだけだぁ!」
とか、「やっぱり誰々のおっかあのオメコの形が一番だなあ」
なんてな話がその、「誰々?」のいる前どころか
「誰々のおっかあ」にしても、隣にとは言わなくても
近くにいる場で安酒、どぶろくでも飲みながら
そんな話していたそうな、
鉱山とは言っても、石炭の炭鉱などより採れる物の値が違うから
医療においてまで数段良かったらしい

まあそうだったらしい?と言うお話  チョンチョン!?

清楚だった妻がヤリマン化して帰ってきた

私は、35歳の会社員で同い年の妻がいます。子供はいません。妻は清楚で地味で少し太った女性でした。

去年の夏、夫婦共に休みが取れたので、温泉に行くことにしました。車で、美術館とわさび農園に行った後、温泉街に着きました。温泉街は、静かで夏の隠微さを漂わせていました。森の方に行くと、夜の隙間から蛍が垣間見えてきます。
「綺麗だね。」
と、私が言うと、妻も
「そうね。」
と。

翌日は、城の跡と博物館を巡りました。私も妻も歴史が好きだったからです。博物館の外に出ると、近くに学生らしき若者もいました。6人全員が男でイケメン揃いです。
その中の1人が
「写真、撮ってくれませんか。」
と言ったので、撮ってあげました。

夕方、同じ旅館の食堂で、妻と山の幸に舌鼓を打ちました。
「お疲れ様。」
私が妻のコップにビールを注ぎます。

その時、隣のテーブルに博物館で出会った若者達が隣に座りました。皆、楽しそうです。
「僕たちの未来に乾杯!」
私は、彼らの姿を見て、微笑ましく思いました。自分の学生時代を思い出したからです。少しためらう気持ちもありましたが、それもよして、声をかけてみました。
「お疲れ様。」
「ああ。博物館の時の。ありがとうございました。」
「君達、学生さん。」
「そうです。」
その後は、暫しの歓談。どうやら私の出身大学の学生だそうです。
「ほう。それは同郷のよしみだね。一緒に飲まない?」
「是非!」
私は、妻を呼びました。
「美子も飲まないか。」
「でも。」
表情で妻が、学生達に劣情を抱いているのが、わかりました。
ーまあ、俺も別の女性に劣情を抱くし、お互い様か。
心配は特にしませんでした。妻に限って無軌道なことはしないと思っていたからです。それよりも、学生達と交流し最近の若い人達の考えも知りたいと思っていました。
妻も、最初は強張っていましたが、ようようと打ち解けてきました。ただ学生の1人がビールを注ごうとすると、
「私、お酒が弱いから。」
と断りました。妻は、お酒が強いので、恐らく警戒しているのでしょう。全く飲みませんでした。

2時間ほどすると、体力的に限界が来ました。
「明日も早いし、部屋に上がるか。」
「それもそうね。」
妻と一緒に上がることに。その時、学生の1人が
「ロビーに行って飲み直しませんか。」
と言いました。
「悪いけど、明日早いから。」
と、妻が断ります。しかし、妻の表情を見るに、話し足りない様子です。恐らく、久しぶりに若い男と話したのでのぼせ上がっているのでしょう。妻の職場は女ばかりの所でしたから。
「もう少し、話して来たらどう。」
私が妻の気持ちを察して言います。
「裕太が一緒ならいいわ。」
「俺は、ロングスリーパーだから、もう寝るよ。」
「わかった」
妻が笑顔になります。
「仕方ないな。10分だけだぞ。」
「旦那さんも、是非」
「いや、眠いから勘弁」
私は、そういうと部屋に上がっていきました。
部屋に入り、布団に入ると、どういうわけか、寝つけませんでした。携帯電話を見ると、もう12時です。
ー美子の奴、遅いな。
一瞬、不安がよぎりますが、その後、睡魔が襲い眠りへと落ちていきました。

翌朝、6時に覚めると妻が見当たらず、部屋のテーブルにキーとら妻が読んでいる文庫本だけが横たわっていました。
ーどうしたんだろ。
少し不安がよぎりましたが、まさか徹夜で話したわけでもあるまいし、温泉にでもつかっているのだろうと思いました。
案の定、すぐにドアが開き、バスタオルを持った浴衣姿の妻が帰ってきました。
私は、一瞬ほっとしました。しかし、様子がいつもと違うことに気づきました。よく見ると、妻の目にクマが出来ており、いつもよりげっそりと。鼻からははなみずが、口はぽかんと開き、中からは涎がダラダラと垂れています。浴衣には帯が締められおらず、今にもはだけそうです。さらに、ブラジャーとパンツも履いていないことに気づきました。
一番、驚いたのは妻の目の焦点が合っていないことです。まるで、薬でもやっているのではないかという目つきでした。
「どうしたんだ。」
妻は何も言わずに、浴衣を脱ぎ、服を着ます。私は、妻の側によります。
「おい。」
その時です。

ぷーん

と、精液と酸っぱい汗が混じったような匂いが妻の体から、漂ってきました。よく見ると妻の体は汗まみれで、いつもより嫌らしく見えます。
妻はパンツもブラジャーもせず、スカートとシャツだけを着ます。そして、いつもより厚めに化粧をし、外に出ようとします。
「おい。」
私が出ようとする妻に声をかけると、突然私にキスをしてきました。妻とは10年付き合ってきましたが、こんなに嫌らしいキスはしたことありません。妻の口からは銀杏くさい精液のような匂いが強烈に漂ってきました。
妻とは、没交渉だったので、最初は喜びましたが、あまりにもキスが長いので、次第に舌が痛くなっていき、アソコも萎えてきました。妻は舌を嫌らしく絡め、クチャクチャと音を立てます。
もう限界という時に、ようやく終わらせてくれました。すると、妻が唾液を私の舌にどろりと。
ーえ?
「私にも、頂戴」
妻が枯れた声で言いながら、長い舌を思い切り出します。仕方なく、唾液を垂らすと、美味そうに音を立て飲み干します。
「すぐに戻るから。」
そう言うと、妻は出ていきました。

清楚だった妻がど淫乱になって帰ってきた

私は35で同い年の妻がいます。あの出来事までは、妻は清楚で地味で少しぽっちゃりとした女性でした。
去年の夏、休みが取れたので、温泉旅行に行くことにしました。
温泉街は静かで風情があると同時に。どこか夏の淫靡さを漂わせていました。初日の夜、旅館の食堂で夕食をとっていると、6人の男子学生らしき人達が私達に声をかけてきました。
「こんばんは。一緒に飲みませんか。」
「いいよ。飲もう。」
若い人達と飲むのは久しぶりだったので、飲むことに。
「いいのかしら。」
妻は心配していましたが、
「大丈夫だよ。」
妻が、男子学生にある種の劣情を抱いているのは、何となく分かりました。
ーまあ、俺も別の女性に劣情を抱くことがあるし、お互い様か。
そんなことよりも、私は学生達と交流したかったのです。今時の学生がどんな考えをしているのかにも、興味がありました。
「へえ。君たち、俺と同じ大学なんだね。」
「え。マジですか。じゃあ、先輩ですね。」
同郷のよしみで、意気投合。
妻もはじめは強張っていた様子でしたが、ようようと打ち解けていきました。
2時間ほどすると、体力にもう限界が来ます。
ーふう。俺も年を取ったな。
明日も早いし、部屋に上がって寝ることにしました。妻も帰ろうとしますが、まだ話し足りない様子だったので、
「もう少し楽しんできたら。」
と言いました。
「わかった。じゃあ、もう少しだけ。」
妻は笑顔になり、酒の席に戻ることに。私は、明日に備えて寝ることに。

翌日、目が覚めると隣に妻がいません。
ーん?どうした?
少し胸騒ぎがしましたが、まさか徹夜で飲んだわけでもあるまいし、温泉にでも行っているのだろうと思いました。案の定、すぐに戻ってきました。しかし、浴衣ははだけ、げっそりとした表情で目の下にはクマができています。口からは涎がそして鼻からは鼻水がダラダラと垂れています。
「どうした?昨日は、飲みすぎた?」
妻は黙ったまま、浴衣を脱ぎ服に着替えます。私は、近くに寄ります。その時です。

ぷーん。

とした汗と精液らしき匂いが、妻の体から臭ってきました。
ー何かが変だ。
「どうしたんだ。」
「何でもないわ。」
妻は服に着替えると、部屋を出て行こうしました。
「もう朝食の時間だぞ。」
その時です。
妻の目つきが、いつもと違うことに気付きました。目がトロンとしていて、焦点が合っていないのです。淫靡さと同時に、恐ろしさを秘めた目つきでした。そう。まるで獲物を狩る野獣のような、そういった目つきでした。
「すぐに帰るわ。」
妻は、枯れた声でそう言いました。

しかし、朝食の時間が終わっても、妻は戻ってきません。
ーどうしたんだ。あいつ。
私は、妻に電話をかけました。かけても、かけても繋がりません。10回目になり、漸く繋がりました。しかし、電話から聞こえて来たのは、妻ではなく今にも泣き出しそうな若い男の声でした。
「すみません。」
「え?」
すると、野太い雄叫びのような声が聞こえてきました。
「おーーーーー!!イグわぁ!イグわぁ。ギゼツするわーー!!」
低い声でしたが、妻の声だと確信しました。
「どういうこと。」
「すみません。そんなつもりじゃなかったんです。」
相手もかなり焦っているようでした。
「謝らなくてもいいから、状況を説明して。」
その学生が言うことには、11時頃まで盛り上がる。その流れで、学生達の部屋でトランプをすることに。その勢いでいつの間にか、皆でセックスをすることになってしまったとのこと。
にわかに信じがたいことですが、私には彼が嘘を言っているように思えませんでした。この1年、多忙のせいから妻とは没交渉だったので、ストレスが溜まっていたのかもしれません。
それにしても、あの清楚で地味な妻が。信じられません。交際相手も私がはじめてだと言っていました。
「わかった。今行くから、部屋番号教えて。」
私は、部屋に直行しました。ドアを叩くと見覚えのある若い男が、開けてきました。夕べは、精悍で元気そうな青年でしたが、今日は見るからにげっそりとしています。
「おっ。おっ。いいわあ。早く、次のチンポを入れてえ。」
妻が布団の上で四つん這いになって叫びます。一人の男が、後ろから物を入れると、
「ゴゴゴ。いいわ。F君のチンポが堪らないわあー。」
妻は、そう叫ぶと、白目をひん剥きながら気絶してしまいました。
気絶をしている妻の顔は恍惚としていて、一種の神聖さすら感じさせました。白目をひん剥き、口からは舌が飛び出ています。鼻からは鼻水が、口からは涎がだらしなく流れています。まるで、死んだかのようにピクリとも動きません。アソコだけはヒクヒクと動き、時折汁が出てきます。
「ふう。終わったか。」
F君が一息をつくと、

ププププ。ズボズボー。

妻の体から、勢いよく水が出てきます。潮吹きという現象だそうですが、生まれてはじめて見ました。若い時は、妻と何百回もセックスをしたはずですが、一度も起きなかったので、AVだけの世界だと思っていました。
「このおばさん。怖い。」
「本当に、潮吹きってあるんだな。はじめて見たよ。」
妻のアソコは、まだヒクヒクと生き物のように、動いています。すると、こんどはまた別の液体が出てきます。アンモニアの匂いが部屋に漂っていきます。
「マジかよ。」
あまりにも、シュールな光景でした。

妻が目覚めたのは、その1時間後でした。とにかく、旅行の予定を切り上げ、帰ることにしました。しかし、妻がどうしても、帰りたくないと言います。とうとう、私は根負けして、一人で帰ることに。
翌日、F君から電話がありました。妻が、どういうわけか、F君の家に暫く滞在することに決めたようです。
「ということなので、いいですか?」
「お。おう。」
にわかには、信じられなかったのですが、私は何故か了承。電話ごしに、妻と別の女性の雄叫びが聞こえてきました。
妻が帰ってきたのは、10月になってからでした。あの地味だった妻が網タイツとミニスカートを履き、胸も半分ほどあらわに出しています。化粧も濃くなり、まるで別人です。同時に、女性としての魅力もかなり増していました。
その夜、私は妻と1年ぶりのセックスをしました。そこで、私はさらに驚きました。妻の乳首にはピアスがあけられ、タトゥーも掘られていました。それも実にいやらしいタトゥーで、淫乱という文字も掘られていました。
アソコとお尻の穴にもタトゥーが掘られ、無数のピアスが開けられていました。ついでに、ヘソにもピアスが。
「自分でも、掘ってみたの。これくらい普通よ。」
妻は笑顔で答えます。
「シャワー浴びてきていいかな。」
「嫌よ。すぐにしたいの。」
妻はそういうと、私のものを加えました。
「う。」
「いきそう?」
「うん。」
「じゃあ。しようか。」
その日は、二人でみだりに乱れました。こんなに、激しいセックスをしたのは初めてでした。妻がお尻にも入れて欲しいと言われた時は、一瞬面食らいましたが、応じることにしました。その後は、妻の要請により極太バイブをマンコとアナルに挿入。潮を吹きながら何度も気絶しました。
翌日、私はぐったりと一日中寝ていましたが、妻は外に出かけていました。おそらく、別の誰かとしているのでしょう。何かが終わり、何かが始まる、そんな予感がしました。

水泳部パイパン

競泳部では陰毛全剃りでしかも競パンで練習していたから、夏なんか
真っ白い焼け残りにバイパンチンコが剥き出しで妙にエロかった。スパ銭
にいくと必ず注目されるのが恥かしかった。同じように競パン焼けらしい
肌にバイパンの高校生や大学生らしい奴を見つけると、ああこいつも競泳部
なんだなあと仲間意識を感じた。
      
水泳部は2年3年はサオの付け根に形ばかり生やしてたが
1年は全剃り強制だった。
合宿で温泉行くと他の客にじろじろ見られたよ。
真っ黒に日焼けして競パンのあとだけ真っ白だからそれだけでも注目されたが、
その中心部に生えてるはずのものが生えてないからもろガン見された。
      
水泳部で男子が全剃りしてるとこはたいてい女子も剃ってるよ。

親戚の家族と温泉旅行で中学校1年の男の子と

    
連休に、親戚の家族と温泉旅行しました。
親戚には、中学校1年生の男の子がいて、その子は、なんとなく私に関心があるような雰囲気がしました。ちょっと緊張して話すところがとっても可愛かったです。
    
それで、なにげなく、その子に夜中にまたお風呂に入りにこようって独り言のように言いました。
なんとなく言ってみただけだったのですが、12時すぎに私がお風呂に行くと、待っていたかのように、廊下の椅子から飛びだしてきました。
私は、じゃ、一緒にはいろうかって、露天にその子を誘いました。
露天は混浴になっています。
着替えは別でしたけど、他のお客さんはありませんでしたので、一緒に女湯の側へ行きました。
    
私が浴衣を脱ぐと、後ろで、はっと息を飲む様子がありました。
湯船に入ってからも、私が周囲を見回していると、とても視線を感じました。
洗い場で背中を流してと頼んでみると、いそいそと近づいてきました。
髪も洗おうというので、もう洗ったんですけど、彼にまかせました。
目をつぶっていて、と言って、私の髪を洗ってくれました。
洗いながら、その子は、私の身体の前を覗き込んで、胸やアソコを必死で見ているようでした。
私はこっそり薄目をあけていましたから。
その子のアレは、皮が張って可哀相なくらいピンピンになって、揺れていました。
もちろん私は気がつかないふり。
よくみると、毛も少し生えているみたいでした。
    
そのあと、岩風呂に入って、私はその子の肩をマッサージしてあげるようにして、抱き寄せてあげました。
私の前に、彼が背中を向けて座っている形です。
静かにしていないと、夜だから、他のお客さんの迷惑だからと、声は小さくして、学校のこととか話しかけました。
そうしながら、私は、膝を広げて、彼を近づけ、彼の背中にそっと胸を触れさせました。
もたれていいわよって。
遠慮してるみたいでしたけど。
    
彼は両足を抱えて、手で自分のアレを隠そうとしていました。
私は、後ろから手をまわして、彼の脇の下からなにげなくそっと下におろすと、コチコチに固くて芯のある熱いモノが触れ、彼はびくっとして、自分の手で防御するみたいにして腰をひきます。
私は気がつかないふりして、また手を上にもどします。
私の太腿は、彼の腰を挟み込むような格好です。
私は興奮していました。彼の背中に触れさせている乳首もこりこりでした。
彼の腰が、私の太腿の間にあります。
オ○ンコをこすりつけたい衝動にかられました。
私は淫乱になってました。
    
心なしか、彼も私にわざと腰を近づけているような気もしました。
彼女はいるの?好きな子はいるの?とか、そういう話をしながら、私は腰を少し浮かせて、大きく脚を広げ、彼の肩につかまるようにしながら、彼の可愛い背骨にオ○ンコをつるっと押し付けました。
私が息をつめて快感を我慢していたことは、彼にはみえません。
私は軽くイッタかもしれません。
    
でも、それ以上は何もできず、最後に彼の目の前で浴槽を歩いたり、湯からあがりながら、身体を見せつけて終わりました。
    
彼は、オ○ンコが当たっていたことを知っていたかしら。うふふ。
中学生くらいだと、もう、自分でしてるかもしれませんね。
まだかな。でも、 するようになったとき、私のことを思いだしてくれるかも。
     
あのピンピンになったオ○ンチンは、どうしたのかなあ。
私は、気をきかせて、先に出たんだけど、待っていたら普通に出てきましたから、このあいだまで小学生だった子供なんだからそんなもんかな。
他のお客がこなくてよかったと思いました。
    

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