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婆ちゃんの松茸狩(改)

婆ちゃんの松茸狩(改)
(昨日投稿しましたが打ち間違いを直したら少し変更することになりました ------後半)

俺の叔父さん(親父の弟)は独身で暇人だ。
中学二年の時、その叔父貴と松茸狩りに行ったことがある。
俺たちはそこで道にはぐれて熊に襲われそうになった。
助けてくれたのは地元の婆ちゃんだった。

松茸狩りのツアーに参加した時、俺と叔父貴は迷子になって
何とか下山しようとして、山の中を歩いていた。
行く手にバリケードと立ち入り禁止の立て札があって
バリケードの向うに小さな滝が見えた。

二人とも咽が乾いたのでバリケードを越えて入って行った。
川で水を飲んでいたらガサガサ音がしたのでそっちを見ると、でかい熊だった。
驚いて、逃げようか死んだふりしようかあせってしまった。
その時「落ちつきな」と声がして駕篭を背負った婆ちゃんが出てきた。
婆ちゃんは熊の方へゆっくり近づいて行って
何か熊に話しかけながら駕篭から魚を出してポイと熊の足元に投げてやった。
すると熊は魚を拾って木の茂みの中へ消えて行った。

ホッとして叔父貴と二人で婆ちゃんにお礼を言った。
婆ちゃんは俺たちの方へ近づいてきて
「あんたら、どっから来た?」
と怖い顔で俺たちを睨みつけた。
叔父貴があせってツアーで来て道に迷ったことを説明すると
やっと許してくれて
「そうかい、そりゃ難儀したねえ」
と態度が和らいできた。
しかも「あんちゃん達、うちへ寄っていきなよ」
って優しく言ってくれた。
長いこと歩きづめで疲れたので婆ちゃんの深切に甘えることにした。

「奥さんの家、遠いんですか?」
って叔父貴が聞くと
「まあ!奥さんだって?あたしのこと」
と婆ちゃんはニコニコした。
「少し歩くよ。そうだ、あんちゃん達、風呂入って行こうよ」
「風呂って、温泉でもあるんですか?」
「あるよ」
ついて行くと、洞穴が見えたので、さっきの熊を思い出して
「あれ、熊の洞穴じゃないですか?」と聞いたら
「あそこが温泉だよ」だって
「あせったぁ・・」と言ったら叔父貴が笑ったけど
「ときどき熊も入りに来るよ」と婆ちゃんに言われて笑いは消えた。

洞くつの中は薄暗くて湯気がモウモウとしてた。
婆ちゃんは背負っていた駕篭を下ろして
俺たちがいるのもかまわず服を脱ぎだした。
もっと年寄りかと思ったけどカラダが以外と若いのでドキッとした。
タオルも無いので俺たちがマゴマゴしてると
「何してんの、はやく入んな」
と婆ちゃんにドヤされて服を脱いだ。
お湯はしゃがむと肩のへんだった。
叔父貴は弁才があるので婆ちゃんと世間話をしていた。
風呂から上がると叔父貴は俺を呼んで
「なァ、今夜は泊めてもらうことになったぞ」
と嬉しそうに言った。

婆ちゃんの家はまさにポツンと1軒家で
電話があったら借りようと思っていたのに電気も来ていなかった。
婆ちゃんはランプに灯をつけて囲炉裏にも火を起こして
「お腹空いたろう、山の幸をご馳走してやろうかねえ」
とつぶやいて土間の炊事場ヘ行った。
何か作って鍋に入れて持ってくると囲炉裏の火にかけた。

しばらくすると鍋から湯気が出てきていい匂いがした。
「そろそろかな・・」と言いながら
婆ちゃんが蓋をとると叔父貴が叫んだ。
「これ!松茸じゃないですか!?」
ほかに干し肉とマムシ酒も出してくれた。

婆ちゃんに勧められて俺も飲んでみたけど旨くなかった。
旨くなかったけど叔父貴と婆ちゃんがイチャイチャしてるので
俺は旨くない酒をあおって孤独を紛らわせていた。
叔父貴が婆ちゃんの胸のあたりに触ると
婆ちゃんが色っぽい声で
「今夜あんちゃんの松茸ご馳走してよォ」
と囁いたのが聞こえた。

そろそろ寝ようかという時間になると
布団が夏物と冬物合わせても二人分しかないというので
俺と叔父貴が一緒に寝ることになるのかと思っていたら
囲炉裏の向うとこっちに布団を敷いて
「大人の話がある」とか言って、ちゃっかり二人で布団に入ってしまった。

俺は面白くなかったけど
仕方がないので独りで布団に入って二人の様子を見ていた。
ほぼ真っ暗だったがそのうち目が馴れてきた。
婆ちゃんがこっちに背中を向けて叔父貴と何か喋っている。
俺はてっきり二人がアレをやるのだと思っていたが、なかなか始まらなかった。
大分長いことボソボソ喋って、そのうち静かになった。
叔父貴が低い声で「○○ーゥ!」と俺の名を呼んだ。
寝た振りをして黙っていると
クスクスという笑い声がして、また静かになった。

酒が効いてきたのと疲れでウトウトしていると
「あッ」という婆ちゃんの声が聞こえた。
見ると布団がこんもりしてユサユサ揺れていた。
とうとう始まったようだ。
婆ちゃんが「ハァーッ、ハァーッ」を荒い息をついて
時々「ああ」と声を上げた。
そのうち床がミシミシいいだして
「ハァッ、ハァッ」っという叔父貴の息も聞こえた。
婆ちゃんが「あーッ」っと大きな声を出して叔父貴にしがみつくと
ガクガクっと変な音がして静かになった。

俺も興奮してティッシュがないので素手で扱いて
二人が終わるのとほぼ同時に放出していた。
汚したパンツは脇に置いてまた耳をすました。

二人が「フフ・・」と笑い合って
婆ちゃんが「もう一回しようよ」と言うのが聞こえた。
また始まるのかと思ってしばらく起きていたが、
なかなか始まらないのでそのうち寝てしまった。

どのくらい時間が経ったか分からないが
気がつくと婆ちゃんが側に来ていて
「叔父ちゃんは?」と聞くと
「あの人寝相悪くてね、こっちで寝ていいかい?」
と言ったので「いいよ」と答えた。
何故か少し嬉しかった。

婆ちゃんは脱いである俺のパンツに気がついて
「自分で出したのかい?」と聞くので
恥ずかしかったが「ウン」と答えると
「きれいにしてやるよ」と言いいながら土間の方へ行った。
寝巻の後ろ姿がやけにエロく感じた。

絞った手ぬぐいで拭かれて冷ッとしたが
そのあと「一人にしてごめんよ」と言って
暖かい口に含んでくれたので、冷たい手ぬぐいとのギャップで天国みたいだった。
これからこの婆ちゃんとやるのかと思うと
どう言う訳か体が勝手に震えだした。

----------ここから
「初めてかい?」と言いながら婆ちゃんが上に股がってきた。
婆ちゃんはノーパンだった。
息子がニュウっとアソコに入ると中はゆるかったが
婆ちゃんがアソコを締めたり緩めたりするとピッタリはまった。
「どうだい?」と聞くから
正直に「気持いい」と答えた。
本当に婆ちゃんがゆっくり腰を動かす度に絡み付いてくるような感じで
今まで経験したことがないくらい気持よかった。
そのうち婆ちゃんの呼吸が荒くなって腰の動かし方も早くなったので
俺もそれに合わせて婆ちゃんのお尻を掴んで突き上げるとペタペタ餅をつくような音がした。
(むかし親父が母ちゃんに正月でもないのに「今夜は餅つきするか」って言ってた)
婆ちゃんが寝巻の胸をはだけておっぱいを出したので起き上がっておっぱいを吸うと
「ウフーン、ウフーン」と泣くような声を上げてしがみついてきた。
おっぱいを吸いながらユサユサやってると
頭の芯がしびれるような快感が突き上げてきて我慢出来なくなったので
思いきり抱き締めながら出してしまった。
入れたまま横になると二人のアソコがピクンピクンして余韻も気持よかった。

ピクンピクンが治まって離れると
婆ちゃんが「あんちゃん、よかったよォ」と頬ずりしてきて
はじめは怖かった婆ちゃんが可愛いくなってしまった。
気がつくと叔父貴が起き上がって呆然とこっちを見ていた。
俺はそれに気付かない振りをしたが心の中で「勝ったー!」と叫んだ。
----------ここまで

翌日、顔を合わせた時は三人とも気まずかったが
みんな何もなかったように振舞った。
朝飯を食べてまったりしていると婆ちゃんが
「あんたら、ずっといてもいんだよ」と言った。
俺たちが黙っていると婆ちゃんは諦めたように土間へ降りて行ってしまった。

その時、上の方からパタパタパタ・・と音が聞こえて
すぐにそれがヘリの音だと分かった。
たぶん俺たちを探しているんだろうと思って叔父貴と顔を見合わせた。
叔父貴が立ち上がって
「奥さん、お世話になりました」
と声をかけると婆ちゃんは少し寂しそうに頷いた。

婆ちゃんに迷惑がかかるといけないので
俺たちはヘリの視界を避けて
裏から外に出て近くの茂みに駆け込んだ。
振り返ると婆ちゃんが窓から手を振っていた。

俺たちはバリケードを超えて昨日歩いて来た道を戻った。
ヘリが何回か俺たちの上を通り過ぎて
道の向うから村びとたちが数人やってきた。
俺たちは保護された。
翌日の新聞に小さく俺たちの記事が載った。

201224

婆ちゃんの松茸狩

婆ちゃんの松茸狩

俺の叔父さん(親父の弟)は独身で暇人だ。
中学二年の時、その叔父貴と松茸狩りに行ったことがある。
俺たちはそこで道にはぐれて熊に襲われそうになった。
助けてくれたのは地元の婆ちゃんだった。

松茸狩りのツアーに参加した時、俺と叔父貴は迷子になって
何とか下山しようとして、山の中を歩いていた。
行く手にバリケードと立ち入り禁止の立て札があって
バリケードの向うに小さな滝が見えた。

二人とも咽が乾いたのでバリケードを越えて入って行った。
川で水を飲んでいたらガサガサ音がしたのでそっちを見ると、でかい熊だった。
驚いて、逃げようか死んだふりしようかあせってしまった。
その時「落ちつきな」と声がして駕篭を背負った婆ちゃんが出てきた。
婆ちゃんは熊の方へゆっくり近づいて行って
何か熊に話しかけながら駕篭から魚を出してポイと熊の足元に投げてやった。
すると熊は魚を拾って木の茂みの中へ消えて行った。

ホッとして叔父貴と二人で婆ちゃんにお礼を言った。
婆ちゃんは俺たちの方へ近づいてきて
「あんたら、どっから来た?」
と怖い顔で俺たちを睨みつけた。
叔父貴があせってツアーで来て道に迷ったことを説明すると
やっと許してくれて
「そうかい、そりゃ難儀したねえ」
と態度が和らいできた。
しかも「あんちゃん達、うちへ寄っていきなよ」
って優しく言ってくれた。
これから山を降りるのは無理だし
婆ちゃんの深切に甘えることにした。

「奥さんの家、遠いんですか?」
って叔父貴が聞くと
「まあ!奥さんだって?あたしのこと」
と婆ちゃんはニコニコした。
「少し歩くよ。そうだ、あんちゃん達、風呂入って行こうよ」
「風呂って、温泉でもあるんですか?」
「あるよ」
ついて行くと、洞穴が見えたので、さっきの熊を思い出して
「あれ、熊の洞穴じゃないですか?」と聞いたら
「あそこが温泉だよ」だって
「あせったぁ・・」と言ったら叔父貴が笑ったけど
「ときどき熊も入りに来るよ」と婆ちゃんに言われて笑いは消えた。

洞くつの中は薄暗くて湯気がモウモウとしてた。
婆ちゃんは背負っていた駕篭を下ろして
俺たちがいるのもかまわず服を脱ぎだした。
もっと年寄りかと思ったけどカラダが以外と若いのでドキッとした。
タオルも無いので俺たちがマゴマゴしてると
「何してんの、はやく入んな」
と婆ちゃんにドヤされて服を脱いだ。
お湯はしゃがむと肩のへんだった。
叔父貴は弁才があるので婆ちゃんと世間話をしていた。
風呂から上がるとき叔父貴は俺を呼んで
「なァ、今夜は泊めてもらうことになったぞ」
と嬉しそうに言った。

婆ちゃんの家はまさにポツンと1軒家で
電話があったら借りようと思っていたのに電気も来ていなかった。
婆ちゃんはランプに灯をつけて囲炉裏にも火を起こして
「お腹空いたろう、山の幸をご馳走してやろうかねえ」
とつぶやいて土間の炊事場ヘ行って何か作ってた
それを鍋に入れて持ってくると囲炉裏の火にかけた。

しばらくすると鍋から湯気が出てきた。
「そろそろかな・・」と言いながら
婆ちゃんが蓋をとるといい匂いがして
「これ!松茸じゃないですか!?」と叔父貴が叫んだ。
ほかに干し肉とマムシ酒も出してくれた。

婆ちゃんは未成年の俺にも酒を勧めるので飲んでみたけど旨くなかった。
旨くなかったけど叔父貴と婆ちゃんがくっついてイチャイチャしてるので
俺は旨くない酒をあおって孤独を紛らわせていた。
叔父貴が婆ちゃんの胸のあたりに触ると
婆ちゃんが色っぽい声で
「今夜あんちゃんの松茸ご馳走してよォ」
と囁いたのが聞こえた。

そろそろ寝ようかという時間になると
布団が夏物と冬物合わせても二人分しかないというので
俺と叔父貴が一緒に寝ることになるのかと思っていたら
囲炉裏の向うとこっちに布団を敷いて
「大人の話がある」とか言って、ちゃっかり二人で布団に入ってしまった。

俺は面白くなかったけど
仕方がないので独りで布団に入って二人の様子を見ていた。
ほぼ真っ暗だったがそのうち目が馴れてきた。
婆ちゃんがこっちに背中を向けて叔父貴と何か喋っている。
俺はてっきり二人がアレをやるのだと思っていたが、なかなか始まらなかった。
大分長いことボソボソ喋って、そのうち静かになった。
叔父貴が低い声で「○○ーゥ!」と俺の名を呼んだ。
寝た振りをして黙っていると
クスクスという笑い声がして、また静かになった。

酒が効いてきたのと疲れでウトウトしていると
「あッ」という婆ちゃんの声が聞こえた。
見ると布団がこんもりしてユサユサ揺れていた。
とうとう始まったようだ。
婆ちゃんが「ハァーッ、ハァーッ」を荒い息をついて
時々「ああ」と声を上げた。
そのうち床がミシミシいいだして
「ハァッ、ハァッ」っという叔父貴の息も聞こえた。
婆ちゃんが「あーッ」っと大きな声を出して叔父貴にしがみつくと
ガクガクっと変な音がして静かになった。

俺も興奮してティッシュがないので素手で扱いて
二人が終わるのとほぼ同時に放出していた。
汚したパンツは脇に置いてまた耳をすました。

二人が「フフ・・」と笑い合って
婆ちゃんが「もう一回しようよ」と言うのが聞こえた。
また始まるのかと思ってしばらく起きていたが、
なかなか始まらないのでそのうち寝てしまった。

どのくらい時間が経ったか分からないが
気がつくと婆ちゃんが側に来ていて
「叔父ちゃんは?」と聞くと
「あの人寝相悪くてね、こっちで寝ていいかい?」
と言ったので「いいよ」と答えた。
何故か少し嬉しかった。

婆ちゃんは脱いである俺のパンツに気がついて
「自分で出したのかい?」と聞くので
恥ずかしかったが「ウン」と答えると
「きれいにしてやるよ」と言いいながら土間の方へ行った。
寝巻の後ろ姿がやけにエロく感じた。

絞った手ぬぐいで拭かれて冷ッとしたが
そのあと「一人にしてごめんよ」と言って
暖かい口に含んでくれたので、冷たい手ぬぐいとのギャップで天国みたいだった。
これからこの婆ちゃんとやるのかと思うと
どう言う訳か体が勝手に震えだした。

「初めてかい?」と言いながら婆ちゃんが上に股がってきた。
婆ちゃんはノーパンだった。
息子がニュウっとアソコに入ると中はゆるかったが
婆ちゃんがアソコを締めたり緩めたりするとピッタリはまった。
「どうだい?」と聞くから
正直に「気持いい」と答えた。
本当に婆ちゃんがゆっくり腰を動かす度に絡み付いてくるような感じで
今まで経験したことがないくらい気持よかった。
そのうち婆ちゃんの呼吸が荒くなって腰の動かし方も早くなったので
俺もそれに合わせて婆ちゃんのお尻を掴んで突き上げるとペタペタ餅をつくような音がした。
(むかし親父が母ちゃんに正月でもないのに「今夜は餅つきするか」って言ってた)
婆ちゃんが寝巻の胸をはだけておっぱいを出したので起き上がっておっぱいを吸うと
「ウフーン、ウフーン」と泣くような声を上げてしがみついてきた。
おっぱいを吸いながらユサユサやってると
頭の芯がしびれるような快感が突き上げてじて我慢出来なくなったので
婆ちゃんをギューッと抱き締めながら出てしまった。

抱き合っている婆ちゃんの身体が時々ピクピクしてた。
離れて横になると「あんちゃん、よかったよォ」と頬ずりしてきた。
なんだか婆ちゃんが可愛いかった。
気がつくと叔父貴が起き上がって呆然とこっちを見ていた。
俺はそれに気付かない振りをしたが心の中で「勝ったー!」と叫んだ。

翌日、顔を合わせた時は三人とも気まずかったが
みんな何もなかったように振舞った。
朝飯を食べてまったりしていると婆ちゃんが
「あんたら、ずっといてもいんだよ」と言った。
俺たちが黙っていると婆ちゃんは諦めたように土間へ降りて行ってしまった。

その時、上の方からパタパタパタ・・と音が聞こえて
すぐにそれがヘリの音だと分かった。
たぶん俺たちを探しているんだろうと思って叔父貴と顔を見合わせた。
叔父貴が立ち上がって
「奥さん、お世話になりました」
と声をかけると婆ちゃんは少し寂しそうに頷いた。

婆ちゃんに迷惑がかかるといけないので
俺たちはヘリの視界を避けて
裏から外に出て近くの茂みに駆け込んだ。
振り返ると婆ちゃんが窓から手を振っていた。

俺たちはバリケードを超えて昨日歩いて来た道を戻った。
ヘリが何回か俺たちの上を通り過ぎて
道の向うから村びとたちが数人やってきた。
俺たちは保護された。
翌日の新聞に小さく俺たちの記事が載った。

2012222

年齢制限を設けてない比較的甘いお風呂

年齢制限を設けていない、比較的に甘いお風呂があります。
どんなところか?って言いますと旅館やホテルなどの宿泊施設の、お風呂(大浴場)です。
スーパー銭湯や健康ランド、日帰り温泉のような不特定多数のお客さんが来るのでは無くて「宿泊者」しか利用しない旅館やホテルなどのお風呂は年齢制限をあまり設けていなくて管理している人も、あまりうるさくない感じがします。っていうか、宿泊客を大切にしたい!って考えがあるのか?ほとんど無法地帯(笑)です。っていっても、限度があるよ。
    
実際に、旅館やホテルの大浴場や露天風呂には小学5年生~6年生くらいの大きな男の子が
入ってくる場合が多いです。
オチ○チ○も、小学1~2年生のようにプラプラしている感じじゃなくてブラ~ンブラ~ンって感じの、長いオチ○チ○だったりします。
さすがに中学生くらいの男の子は入ってきませんが年齢無制限って感じで、高年齢の男の子が入ってきます。
    
その理由ですが、お母さんたちが、近所のおかあさんや、友達のお母さんを連れて旅行に出掛けます。
お父さん(夫、ご主人さん、旦那さん)は、仕事中の時に、お母さんたちが集まって、旅行に出掛けたりします。 お父さんは留守番ですね(笑)。
でね、お母さんたちが2~4人ほど集まって旅行に来ます。もちろん子供も一緒です。でね、その子供が小学6年生であっても、お父さんは一緒に来ていないので一人で男湯に入れるのも不安なので、お母さんと一緒に女湯に入ることになります。
ですので、比較的大きな男の子も女湯に入ってきますよ。
おそらく家庭ではお母さんと一緒にお風呂に入ってないだろ?って感じだと思いますが仕方ないから!って感じで、恥かしそうに入ってきます。

年の差不倫愛の告白

サラリーマン時代から退職後も続く、長い不倫の告白になります。
取引先のバーベキュー行事に招かれたのがキッカケでした。山の麓の河川敷会場までの往復に取引先の社員三人を乗せて欲しいとの要望で、私は運転の為にアルコールが飲めないのが残念でしたが・・。行きは会社前からでしたが、帰りは夫々の自宅を聞いて近くまで送り届ける事にしました。

帰路は、グルっと廻って総務の女性が最後になったのです。
行きに乗った時から、その女性の身長・体型・笑顔と会話に引き付けられていたのです。帰りの下車が最後になった時に、近くにあるレストランが話題になり、後日彼女に案内して貰う事にしたのです。
そして後日の会社訪問時には彼女が案内役になり、応接室で僅かな時間の間に小声で待ち合わせなどを約束して、当日は勤務後にタクシーでレストランに向かいました。
イタリアンレストランで美味しい料理と彼女との楽しい会話に魅力を感じて、再度の食事デートを約束したのです。
この時私は既婚176cm41才、彼女独身164cm25才でした。

再度のイタリアン・レストランでは、彼女も打ち解けて話が合うとウィンクするなど、嬉しさを顔に出していたので、食後に隣のカラオケスナックに立ち寄ったのです。
狭い店ながらブルースに合わせて踊る内に、次第に彼女の動きが少なくなり、次第に私の足の動きが彼女の股を刺激することで、私に抱きかかる様に、そして陰部の刺激にアーッと呟くほどになり、店を出た時に近くの暗がりで「貴女が好きになった!」と言いつつキスをすると「私も・・好きです!」の言葉が返り、一組のカップルが誕生したのです。
タクシーの中で「貴女の次の給料日にデートしたい」の希望のもとにその日会社を訪問すると、彼女と目が合い「ウィンク」が来たので、それとなく私もウィンクを返して月一回のデートが始まったのです。

その後のデートは目立たぬ様にとの気遣いから、月に一度会ってキスをしながらも、時には私の車の中で、人気の無い公園の駐車場でキスを繰り返す内に、シートを倒して体中をナデナデするなど、セックスの一歩手前までを楽しんで居た。

食事などデートが四回目の後の休日に、私の車で新緑の高原ドライブを楽しみ、帰路に「まだ早いから、少し休んで行こうよ!」の言葉と共にラブホに入ったのです。彼女は反対する事も無く、黙って私と手をつないだまま部屋に入ったのです。
彼女に緊張感を持たせない様に、キスをした後のシャワーは別々に、ベッドではゴム付けを彼女に見える様にして恐怖感の無いように配慮したのです。
タップリの口付けから股の間に体を入れ、キスは次第に首・乳首・下腹部に至るまでした後に、体を入れ替えてお互いに陰部を口にして舐めまわし、私の勃起とゴム付けも確認したのです。

間もなく正常位で、ユックリと抱き合ったまま挿入しました。彼女は呼吸が荒かったものの「アッ入ったわ」と安心した声。
なんと彼女の膣の穴の位置が普通よりもヘソに近い「珍しい上付きオマンコ」だったのです。(彼女はその言葉も事実も知りませんでした)。
一般的なのは、男性が女性の両足を持って拡げ、そのままチンポを入れるのが一般的な性交スタイルですが、抱き合ってキスしたままで挿入・ピストン・射精出来るのは最高の気持ち良さでした。

私との初めてのセックスを終えてからは、退社時に、車に乗った時にキスをして、ラブホに直行するのが当たり前になりました。目立たぬ様に車利用でラブホは都度変え、時間節約で食事は弁当持ち込みし、食事をしながらビデオの48手を見るのは参考にしました。
セックス頻度は、月一回ラブホと決めていました。デートの約束日に彼女に急用が出来た時には、なんと夜間の公園駐車場で短時間のカーセックスをする事も一つのパターンになりました。

性欲が二人共同じように盛んな時、彼女を含めて同社の社員有志15名が一泊でスキーに行った時も、二時間先が雪国だったので、スキーが経験豊富で冬タイヤの車の私に誘いがかかり同行しました。。
旅館の夕食後に広い部屋でゲームをするまでの合間に、なんと私が布団部屋倉庫を見つけて、中は何組かの予備の布団が積まれて真っ暗なのに気が付き、彼女に目くばせしてコッソリと二人で入り込み、真っ暗のまま短時間で布団の上で生セックスをした事がありました。
それ程、二人の体の相性が良かったのです。

彼女との交際が一年半経って26才、私が42才になったある日のベッドで「お見合いで結婚する事になった」と告白された。二か月後に退職し結婚すると聞き、この日「不倫セックス」最後の日となった。
変則ながら、私との交わりが大人としての悦びと自信につながったと感謝され、生理が終わったばかりだと生で最後の交わりを楽しんだ。

新婚夫婦は、新開発地の新築住宅に住んでいたが、一年過ぎてから電話があり「赤ちゃんが生まれたから見に来てよ」との誘いに営業の途中で訪問すると、彼女は赤ちゃんの横に布団を引いて昼寝するようになっていた。
彼女は「赤ちゃんは寝てるばかりで安心だけど、ヒマでつまらないの」と私に抱き着いてきた。なんと布団の上で結婚後初のセックスをしたのです。「既婚者同士のW不倫」の始まりです。

住宅街に昼間訪問するのはマズイと訪問する事は極力避けていたら「子供が間もなく保育園に通うから」を理由に父親が病死して空いた実家の部屋に、家族ぐるみで戻り、孫の世話は母親に面倒見てもらい彼女は午前中だけのパートに出る事になった。だから午後は友達とお茶したり出来るから、私とラブホに通う事も出来ると聞き、なんと独身時代と同じ様に月に一度の「W不倫」を楽しんだ。

お互いに、身長が、性格が、好みが、セックスのパターンやサイズが合うので離れられない間柄なのです。デートの費用は私が負担し、喧嘩無し、金銭の貸し借りは無く、ドライブの行き先やセックスのパターンは相談しながら「憧れの男と女」の交際が続くのです。
彼女40才、私56才になると、子供は中学生になり親離れしているのと、二人の性欲は飽きる事も無く。ケンカも浮気?も無いまま、まだまだ旺盛であった。
もっとも性欲が旺盛でセックスを楽しんだ頃だったと思われます。

ベッドでは、安定している生理のお陰で生のセックスにこだわり、セックス・ポーズはヤッパり「顔が見れる正常位で抱き合ったままイク時が一番」は二人の共通のポーズでした。

彼女が50才の時に私は66才で、最終勤務を終わった年には、彼女の子供・男は彼女が居てラブホのマッチが見つかったから「結婚する年頃なのよ・私達と同じラブホで出会ったりすると困るわーっ!?」なんて冗談も。

デートはお互いに高齢を意識すると共に、知り合いに見つからない様にと三ヶ月に一度にして、温泉一泊を年二回にした。まだ二人共性欲旺盛なので、宿は温泉旅館の貸切湯や部屋付き野天風呂・部屋食などを探し求めて楽しんだ。

知り合って36年目、彼女61才、私77才にして高原地帯の森林の中の高級ホテルに一泊した折の夜、ベッドに入ったものの、私のチンポがすぐには勃起せず、彼女の口のナメナメで漸く立つ事で無事射精・快楽気分を味わったが、以後は抱き合い、擦り会う程度だけで満足するようになったのです。
あと三年で八十才になります。免許返納時期も考慮しますが、婚姻外の男女交際は不倫と呼ばれるものの、家族や他人に知られず・迷惑を掛けずに楽しい思い出と共に生きて来られた事に感謝しています。
彼女に会う事もないが、元気らしいので安心してます。  おわり

日が落ちて暗くなった公衆浴場は性の社交場だった

今でこそ西洋にはヌーディストビーチといった文化があり、それは逆に現代の日本ではおそらく実現のかなわぬ文化だ。
      
しかし日本には、太古の昔より、混浴文化があった。
      
そして、なんと鎌倉時代の温泉には、温泉客の性的サービスも含むお相手をする「湯女」(ゆな)なる「新たなサービスガール」が登場したこと、また、日も落ちて暗くなった公衆浴場は性の社交場となった。
      
例えば当時は、男性が夜の闇にまぎれて女性の寝床を訪問する「夜這い」は文化だった。
      
同時に、女性が男性にいつでも来てねと誘いをかける「妻問い」という文化もあったそうだ。
      
ちなみに、夜這い文化の発祥は 、大黒様(大国主命)なのだ。
      
また、奈良時代以降「歌垣」という集まった男女が歌を詠みあった後にフリーセックスを行う、今風にいえば出会い系パーティー(全国各地で開催された)が盛んだった。
      
そこにも、人妻も含め(なんと既婚者もOKだった)女性たちは積極的に参加した。
      
さらに平安時代の鵜坂社(現在の富山市にある鵜坂神社)には、「尻叩き祭り」というイベントがあったそうだ。
      
このお祭りでは、男性経験の数だけ女性が榊(さかき)の枝でお尻を叩かれるのだが、皆決して過少報告はせず、多くの男を経験することは、当時の女性にとって勲章だった。
      
このような昔ながらの楽しみ、というか生活習慣は徐々に消えていく。
      
振り返って、幕末。
開国と同時に、明治政府は海外の習慣に合わせて、乱交や乱婚を禁止した。
    
唯一の楽しみを奪われ、爆発寸前の不満を抱えた庶民、そやけど、お上の言うことには逆らえない庶民。
      
そやから、「(夜這いしても夫以外の男と寝ても)ええじゃないか、ええじゃないか」とか歌いながら、「『夜這いしなさい』と書いたおふだが舞い降りた」とか言うて、みんなで踊り狂ったのかもしれんな。

二人ノ私

50代の主婦です。
誰にも話せないし、誰も聞いてくれない、でも誰かに聞いて欲しいので書き込みました。

男性経験は主人だけでした、結婚まで。
が、主人の浮気がキッカケで私の貞操観念にヒビが入り、よその女に主人の子が出来た事で、全てどうでもよくなりました、私には子供が出来なかったのに。
結局その子はオロした様ですが。
その事がキッカケで、スナックでホステスのバイトを始めて知り合った人達と色んな経験をし、私もやっと妊娠し中絶しました、主人にはもちろん話してませんが、ザマアミロと思っています。
あれから、30年、私達に出来た子供も25を越えた今、昔はスレンダーと言えば聞こえは良いのですが、
主人を寝取った女はオッパイが大きくずーっと私のコンプレックスだったんです。
オバサンに成った今になって色んな所に肉がつき、結果オッパイも大きくなって嬉しい反面、昔はそうでもなかったのに性欲が強くなってきて
困ってるというより、イライラするのです。
主人には話せませんが、温泉地でレイプされたのに気持ちよくって、その後も男達に呼び出されたりで、
この年で男が欲しくなるなんて私、これからどうしたらイイか、我慢しろって言う私との狭間で、私、本当に困ってるんです。

変な事書いてスミマセン。

二人のオバサンと混浴した話

僕は学生時代にツーリングをしながら温泉地巡りをよくしていました。
それは僕が大学二年の時、世の中が夏休みも終わった頃で、朝から温泉を幾つか巡って、目的地の温泉宿に泊った時のできごとです。

ここの温泉は男女の内湯から外へ出ると、露天風呂へ行くことができるのですが、その露天風呂は混浴でした。
ただ夏休みも終わり、平日ということでほとんど宿泊客もおらず、若い人は僕以外はいませんでした。
夕飯が終わって、朝早くから出発したことと、少し疲れていたのか、部屋へ戻るとうたた寝をしてしまいました。
ふと目を覚ますと、時計の針はあと少しで天辺をさそうかというところでした。
少し寝汗もかいたので、風呂へ行こうと浴場へ向かいました。

あたりまえですが、お風呂場には誰も居ませんでした。
体を洗い、露天風呂へ向かう為に外へでました。
外は山間ということもあり、夜風が心地よく、虫の音が鳴り、雲の隙間からは月の光が差し込んでいました。
露天風呂の入り口の前に立っても、中からは人の気配がなかったので、木戸を開けて入りました。
やはりだれもおらず、僕はお湯に体をつけました。
お湯は少しぬるめで、長くつかることができました。
十分もせずに、ふと外から足音が聞こえてきて、木戸の前でピタッと止まりました。
足音が止まってから木戸は開きません。
少し怖くなり、お湯に肩までつかって、注意深く、木戸を見ていると不意に木戸が音をたてて開きました。

「やっぱ、人がおった」、「だから言ったでしょ。」
そう入ってきた二人の女性は言いました。
「まあ、気にせんでもいいか」と笑う一人は、髪は短く、ウェーブをかけていて、体つきはふくよかで、少し背の低い五十代位のAさん。
「もう!恥ずかしいわ。」と少し怒り気味な人は、髪は長く、ストレートで、体つきは痩せていて、長身の四十代後半位のBさん。
僕は「もう出ますから」と言いましたが、Aさんは、気にするな、と言い少し離れた場所でご一緒することになりました。

お二人は近所に住んでいて、昔から仲が良くて、家族ぐるみの付き合いをしているが、今回は二人だけで来たこと。
二泊三日できて明日、日付はかわっているから今日、帰るとのことでした。
苗字は教えてくれたけど、年齢は女性に聞くもんじゃないと怒られた。
僕は学生で、温泉巡りをしていることや、彼女がいないことなどを話をした。

打ち解けてくると自然と近くでお話をするようになっていた。
僕は「少し暑くなってきました」と浴槽の縁に腰かけました。
するとAさんが「兄ちゃん…ええ体してるねぇ」と言ってきます。
Bさんは「まったく、何言ってるのよ。」と言いますがチラチラとこちらを見てきます。
「私も失礼するよ」とAさんはタオルを雑に体に巻いて、僕の横に座りました。
Aさんのタオルは濡れていて、体にくっついて透けています。
オッパイは豊満だけど、少し垂れていて、乳首は少し茶色で、それが透けたタオルから見え、色っぽかったです。
Bさんは「だらしないわね、オバサンの裸なんて、見たくないでしょ?」と言いますが、僕は「そんなことないですよ」と言いました。
「兄ちゃんは優しいな!サービスしたるわ!」と巻いていたタオルを腰にかけました。

Bさんは少し焦りながら「ちょっと、ちょっと!」と言っています。
僕はどうしていいかわからず、いたって普通にしようと思いますが、いくらオバサンでも裸があると見てしまうものでした。
Aさんは「ほらほら、兄ちゃんもまんざらじゃなさそうだ!」と構わずに、両手でオッパイを持ち上げると、こちらへ見せてきます。
Bさんは信じられないという顔で、僕に「あなた、オバサン好きなの?」と聞いてきます。
僕は「二人とも魅力ありますよ」と言うと、Bさんも僕の隣に腰をおろしました。
Bさんはタオルでしっかりと体を巻き付けて、腕で透けた部分を隠します。
そんなBさんにAさんは「隠すな、隠すな!」と言いますが、Bさんは素知らぬフリですが、腕はおろしてくれました。
Bさんのオッパイはやや小さめですが、形は整っていました。
見られているとわかっているのか、Bさんは恥ずかしそうにしています。
それからは話の内容が少しづつ下ネタが増えていきました。

そうこうしているうちに、Aさんが「兄ちゃん、大きくなってるで」と言いました。
たしかに僕のオ○ン○ンは大きくなっていて、腰に巻いたタオルを押し上げています。
Aさんは笑いながら、タオルの上からオ○ン○ンを指で、ちょんちょん、と突いてきました。
僕も負けじと、Aさんのオッパイをツンツンと突きました。
Aさんのオッパイは想像以上に、柔らかかったです。
Bさんは僕ら二人の行動を横目で見ていましたが、ときおりタオルを巻き直す時に、チラチラと乳首を出してきます。
Aさんは「Bさんも、触らしてもらいな!若い人のチ○ポなんて、なかなか触らへんで」と言っています。
Bさんはこちらを見ずに、少し手を震わせながら、股間へ手を伸ばすので、僕はその瞬間にタオルをずらしました。
Bさんの手は、僕のオ○ン○ンを生で握ってしまいました。
その瞬間、Bさんはこちらを驚きの表情で見ましたが、僕はオ○ン○ンを握るBさんの手をさらに握りました。

Bさんは何か言おうとしましたが、僕は「Bさんの指、スベスベして気持ちいいです」と言うと、恥ずかしそうに横を向きます。
Aさんは笑いながら「兄ちゃん、こっちも忘れんとき!」と言いながら僕の開いてる手をオッパイへ誘導するので、オッパイを揉みながら乳首を指でこすりました。
僕は「二人とも素敵です…」と言いながら、二人のオッパイを愛撫しつづけました。
いつの間にか僕は浴槽の縁で仰向けで、頭をAさんの足の上に乗せて、柔らかで、垂れたオッパイを愛撫しています。
Bさんは僕のオ○ン○ンを手でこすっていましたが、「もう我慢できないわ」と舌で裏筋を舐め始めました。
僕は「ああ…す、凄い気持ち、いいです」と言います。
Aさんは「Bさんもノリノリだねぇ、こうなったら気持ちよくさせてやり」と笑っています。
Bさんの愛撫は段々と激しくなって、口内では舌が巻き付き、僕のオ○ン○ンに射精を促すように激しく責めてきます。
「だ、ダメです…我慢できません!…出ちゃいますっ!」と言うと「ありゃ、若いんだから、もちっと我慢せんか」とAさんは言いますが、僕は手練れた女性の愛撫に果ててしまいました。
「出るっ!」と僕は叫ぶとBさんの口内に、大量の精液を放ちました。
Bさんは苦し気に「んんっ!」と言いながらも、放たれる精液を口内で受け止めながら、飲み込んでくれています。
一通り出し終わってもBさんはオ○ン○ンから一滴も漏らさずに絞り出そうと吸い込んできます。
「ああ…す、すわれてます!」と変な実況をしながら僕はお掃除フェラに身を委ねていました。

そうこうしていると、再び僕のオ○ン○ンは大きくなってきました。
Aさんは「若いと元気やねぇ」と言って次はこっちの番とばかりにオ○ン○ンを咥えようとします。
「Bさん、ワタシのアソコは旦那のだから触らしてやれんが…あんたはどうする?」とAさんは言うとBさんは迷っています。
僕は構わずに四つん這いになりBさんのアソコへ口づけました。
Bさんは「ああん!」と声を上げます。
使い古されたBさんのアソコは黒ずんでいて、生物のようにヒクヒク動き、液を垂れ流しています。
Aさんは「兄ちゃん!そのいきや!」と何故か褒めてくれ、僕のオ○ン○ンを愛撫しはじめました。
Aさんの愛撫はネットリとしていて、スローモーですが、油断すると暴発してしまいそうです。
僕はBさんのアソコや中へ舌を這わせると、Bさんは色っぽい声をあげ、どんどんと液を溢れさせます。
アソコの突起がぷっくりと大きくなると僕は舌で転がし続けます。
Bさんは「いやぁ、いやぁ何ていやらしい、舌使いなの…もうイッちゃいそうよ!」と無意識に腰を浮かしています。
Aさんは「よっしゃ!兄ちゃん!Bさん!みんなで気持ちようなろう!」と言う声に合わせて僕らは果てました。
「で、出ますっ!」、「あ、あなた!ごめんなさい!若い人の舌で、イッちゃう!」
僕はドクドクとAさんの手に、二度目とは思えない精液を放ち、Bさんはアソコからプシャっと何かの液を放出しながら体を痙攣させました。
Aさんは手に溢れ出る液を舐めながら、「若い味がする」と色っぽく笑っていました。

二人とはその場で、別れて次の日は顔を会わせることなく僕は旅館を立ち去りました。
あの後に、混浴の温泉に行っても女の人に会うなんてことはありませんでした。
僕にとってかなり貴重な体験でした。

呑気な主人。

私は現在26歳、29歳の主人と2歳の娘と主人の実家で暮らしてます。
とりあえず私の名前はユキ(仮名)にしときます。

実家には義父と義母、そして義弟と一緒に6人で暮らしてますが、実は娘は義弟との子供なんです。
でも主人と義弟は顔がそっくりでバレてません。
多分そんな事考えてもいないと思う。
私が望んだ事じゃないけど、抵抗出来なかったし、これからも続くと思うんです。

こうなった経緯をお話ししますすね。
結婚したのは5年前で、
その日はまだ新婚当初でした。

後で考えると義弟が予め計画し
義弟の知り合いに協力してもらって仕掛けた私への罠だったんです。

義父と義母は2泊3日の温泉旅行に出掛けて、ちなみにこの旅行も義弟からのプレゼント。

主人は出張が多くてこの日も営業で出張してました。
平日は殆どが出張で帰宅するのが珍しいんです。

義弟はタクシードライバーで1日事に休みがあるんです。
義弟はその日から3連休らしく
何か嫌だなー。
とか思ってて、
昼間は暇だから買い物にでも行こう。
と言う事で出掛けました。

近くで一番大きな百貨店に行き
ブラブラしてるだけで特に何も買わずにここを出て駐車場の自分の車に戻ってた時に見知らぬ男性から声をかけられました。

お客さん、精算してない商品がありますね。

えっ、そんなのありません。

じゃあ確認しますよ。

と言われて、駐車場の隅に連れて行かれて私のトートバッグを
強制的に取られたんです。

あの時に毅然とした態度を取ってれば良かったんだろうけど、
あの時は無理だった。

その男はバッグの中から、
これは何ですか?
って私の知らない品物を出してきました。

それは化粧品関係の品物2点!
それなりの値段の品物でした。

えっ、そんなの知りません。

皆そう言うんですよ。

じゃ、事務所で確認しますか?
事務所まで行くと警察を呼ぶ取り決めになってますからね。
認めるなら今ですよ。
今なら未だ私しか知りませんからね。

私は頭が真っ白になり、何も考えられなくなり、
どうしよう?
どうしよう?

そんな時、
とりあえず車に乗って話しましょう、事務所に行くよりいいでしょ。

警察呼ばれるのは嫌だったからとりあえずこの場を逃れたかった。

私としても無理にあなたを前科者にしたい訳じゃないし、
認めてくれれば、書類にサインして誰か身元引受人に連絡して引き取りに来てもらい、それで終了です。

前科者、と云うワードが頭の中を駆け巡り正常な判断能力が無くなってたと思うんです。

家には義弟しか居ない。
ある意味、義両親も主人も居ないしチャンスかも。

とりあえず認めれば帰れる。

結局、私はやってもいない犯罪を認めて、義弟に来てもらいました。

今になって見れば演技なんだろうけど、義弟は私を覚めた目で見た後、車の中で必死に謝ってました。

その時は、申し訳ない、って思ってた私。

書類は2枚ありました。
これも自分で作ったんでしょうね。

身元引受人として義弟がサインした後に男性から言われたのは

義弟さんが身元引受人なので、あなたに何かあれば義弟さんに迷惑掛ける事になりますよ。
義弟さんの言う事を良く聞いて暮らして下さいね。

これで帰れる、って安心してたけどこれからが本番でした。

自宅に帰ってから義弟と話し合いました。

義弟曰く、
これは秘密に出来ないから両親と兄貴には話すからね!
俺は身元引受人だし、ユキさんを護る立場になる訳だし。
俺には責任があるから。

えっ、そんなに大袈裟な事なの。

でも知られたくない私は泣きながら土下座でお願いしたんです。
言う通りにするから内緒にして下さい。
って言うと、

その代わり、俺はユキさんの身元引受人だから何でも言う事は聞いてもらうよ。
解った?

言う事は聞くからお願いします。

そしたら簡単な誓約書にサインして。
俺が今から書くから。

何処からか持ってきた用紙に義弟が色々書き込んでました。

先ず今日の万引きの事から義弟が身元引受人になった経緯、
家族に言わない代わりに身元引受人の言う事には絶対に従う。

義弟に言われた事には絶対に逆らわず服従する。

えっ!と思う事が書いてあるけど何も言えなかった。

これだとあまり拘束力がないからな。

とりあえず服脱いで!

何で?無理です。

そしたら凄い剣幕で

お前はこの通りにするつもりないだろ!
解った、じゃ皆にも今日の事は話すからな、もちろん兄貴にもな!

立ち上がった義弟は向こうに歩いて行きました。

私は立ち上がって義弟を追い掛けてしがみついて、

言う通りにしますから!

って発作的に叫んでた。
後は言葉が出て来なかった。

それから免許証の写真を撮られ
私の全裸画像を撮られ、
翌日見せられたけど、免許証のコピーと私の全裸画像が添付された誓約書が出来上がった。

それには色々と書き足されてて
(私の名前)は(義弟の名前)の言う事には絶対に逆らわず、どんな理不尽だと思っても絶対に逆らわない。

(私の名前)は(義弟の名前)の言う事には絶対に従い(主人の名前)よりも先ず(義弟の名前)の事を優先する。

(私の名前)は(義弟の名前)を本当の主人である事を理解し愛する事。

おかしいと思うけど、
これには私もサインしてるし逆らえないと思う。

その後 裸になった義弟が襲いかかって来たけど全く抵抗出来なくて、

その夜は義弟の部屋でビデオ撮影されながら抱かれてた。

今の夫婦の寝室には監視カメラがあって義弟に見られてる。
だから夫婦生活は完全に把握されてて、私の生理周期も把握されてる。

主人はそんな事のは疎いんです。
何も考えてない、と言うか兄弟でこんなに違うの?

主人は週一で満足してるけど、
義弟は毎日しないと駄目らしく

そんな感じだから義弟は私の排卵日とかも大体解っていて、
排卵日の前後は主人とのSEXは禁止されてて監視カメラで見張られてるから出来ないし、
排卵日は何時も義弟に中出しされてる。

そんな感じで出来た長女!
主人は俺似かな?
って喜んでたけど、
私には解ります。
100%義弟との子供です。

後、主人との行為で禁止されてるのはキスとフェラ。
断わるのに苦労してる。
何となく口での行為に嫌悪感を感じるから駄目!
って言ってるけど納得してるのかな!

義弟とは舌を絡めてのキスもするし、フェラも、アナル舐めもやらされる。

最近は慣れて来たのか義弟とするのが普通の事で、主人とするのに何か違和感を感じる事があるから不思議です。

だって主人と寝るのは週2位で
後は何時も義弟と抱き合って寝てる。

何時も、
愛してる!
って囁かれながら抱かれてると
私も段々義弟の事を好きになってるのが解るし。

それに比べ主人は、
あー疲れたー!
って呟きながら寝てる。
だも妊娠した時に誤魔化す為にこっちから襲って無理な中出しさせる感じなんです。

義両親は1階の部屋で寝ていて
私達は2階なんです。
オマケに最近、義両親は孫と寝るのか好きで何時も3人で寝てますね。

だから2階に行くとほぼ毎日2時間位は抱かれてる。

平日は殆ど主人は居ないし、最近は義弟の事を本当の主人だって思いたい自分が居るんです。

そんな感じの生活を続けて来て
今のコロナ禍!
正直辛いです。
主人の出張も減ったし、でも義弟は隔日勤務で1日毎に休みだし、義両親もお店やってて昼間は居ないから2人で抱き合ってるんです。

只子供が居る時は無理だから、
そんな時は子供が寝た時に添い寝してる私の所に義弟が来て
後ろからそっと挿入して来るんです。

本当の親子が揃ったね!
って耳元で囁かれて思わず嬉しくなる私。

戸籍上の主人には悪いと思うけど、もうこの気持ちは覆らないと思う。

だって今2人目を身篭ってるけど、この子も100%義弟との子供。

義弟と2人で計画して、月に2回位安全日に中出しさせて危険日には義弟と頑張って来たから。

元々11月には転勤の予定だったけど、どうなるかが不安です。
どっちにしても私はついて行く事はないけど。

妊娠中だし、子供の事もあるし、って主人には言ってあるし
主人も納得してるみたい。

何かどうしても主人が必要らしく、
PCR検査受けてから車で移動するか、
って言ってました。

主人には悪いけど楽しみにしてます。

得意先の未婚女性と知り合ってから、まだ続く長い不倫関係の告白ー3 完

未婚女性25才と40才既婚の私が知り合って深い仲になり、もう50才と65才になって25年間も不倫関係が続いている。

得意先に勤務していた彼女はその後に結婚退職し、新婚時代の一年間は会わなかったが、出産後に半日のパートに出る事で私との性的不倫関係が復活してまだ続いている。

お互いに心も肉体も相性が良いのと、秘密が漏れないような行動が続く理由だと思っている。
性経験が少なかった彼女は、既婚者の優しい手ほどきと秘密を守る関係に安心したのと、お互いの身長差が少ない上に彼女の「上付き」の性器は、抱きしめただけでも挿入できる体型が離れられない理由になっている。

若い彼女が初めて「イクーっ」を感じてから、「早く入れてぇ」の言葉や「ヌイタラダメーッ」、終わりのキスなのに「もっと・また入れてェ―ッ」の催促迄、二人の愛欲デートは発展するばかりになった。

「二人はなぜ、こんなに長続きするのか、何がいいのか?」話はじめるものの、まもなくのキスで快楽の世界に入り話は続かない。
53才の時、子供が結婚した頃に生理が止まった。私は定年を過ぎて68才。
彼女は勤めの合間に休暇を取り、平日に温泉宿泊デートを実行した。
若い頃と違い、観光旅館のホールでチークダンスをするのは遠慮して、部屋付き温泉露天風呂と部屋付き食事の旅館を探して、人目につかないでエッチな雰囲気を楽しむ事にした。

生理が止まったK子は一層性欲が増して、私が前戯からクリ・オマンコを舐め終わる頃に「今度は私がサービスしてあげるよ」と下半身からフェラでタップリ舐めまわし、騎乗位でセックスのリードをするようになった。
 学校時代の同窓会では「肌のツヤが良いけど、何をしてるの?」と聞かれることが多いとニヤニヤしながら、オマンコへの出し入れを楽しんで居た。

車利用の温泉旅行は人目につかない上に、離れた温泉地の部屋の中での戯れは、旅館の人達は「仲の良い夫婦」と歓迎の目で見てくれた。

K子が60才の頃にはラブホでの楽しみが済んだ時に「この頃は、この後夕食の支度をするのが疲れでオックウになるの・もうセックスはしても、イカせる迄はしないで貴方だけがイッテください」と言う様になり、61才で、私も76才になり、二人で会う事は無くなり、アイホンの画像のやり取りで元気を確かめ合うだけになりました。
老いらくの恋は生きがいになっています。
   長らくのお付き合い、有難うございました。 完

得意先の未婚女性と知り合ってから、まだ続く長い不倫関係の告白ー2

同じタイトルの続きです。
得意先の独身女性K・25才と月に一度のセックスが三年間続いたある日「実は婚約したの」と言われた。親戚の照会で付き合い初めて婚約し、既に彼と一度セックスをしたと言う。
話を聞いて私はこの日を最後に潔く手を引くことにした。

まもなくK子は結婚退職をして結婚後は借家を新居に移り住んだ。電話番号を聞いていたが控えめにしていたら、一年後に「出産して三か月目なのよ・赤ちゃんは寝てばかりなのでヒマなの・お茶飲みに来てよ」の誘いに昼間の営業途中で立ち寄りました。

お茶を飲んだ後に「医者は、三か月過ぎたから、もう性行為をしても良いですよと言われてるけど、実は彼のイビキが凄いので隣の部屋で寝て貰ってるの、そのせいで出産後はまだしてないの・だから貴方が欲しくなったの・・」と言いつつ私の手を握って来た。
赤ちゃんの隣にK子の布団が引いてあり「俺も思い出してはオナニーをしてたんだ」と言いつつその布団に倒れこみ、長いキスの後に「今日は生で大丈夫だから・・」の言葉に誘われて明るい畳と布団の部屋で大声を上げてイクーっまでになった。

この日を境に、既婚者と得意先独身女性との「不倫」関係が、既婚者同士の「W不倫」と表現されることとなった。
K子曰く「貴方と一緒にいると抱かれたい・セックスをしたい」と思うし「満足すると気持ちも穏やかになり、肌も綺麗になるみたい」とその後も関係の継続を望んでいたが、ラブホと違って平屋の一軒家に昼間訪問後にヨガリ声が漏れるのは問題なので・・・。
「早く入れてェ―ッ」「ダメーッ」「ヌイタラダメーッ」「抜かないで―ッ・そのままもっと・・」「イクーっ ! ! 」。

子供が二歳の頃には「三才から保育園に入れて私はパートに出たい」の計画で実家に戻り、子供は祖母に保育園送迎を任せ、午前中だけのパートに出るようになった。

なんと、私と待ち合わせて昼食後にラブホで楽しむ事が出来るのです。彼女30歳。
「隠れ妻・愛人」ですが今の表現では「W不倫」や「セフレ」と言われる仲になります。

勿論、家族をはじめ他人に知られない様に行動する事に注意して「待ち合わせはスーパーの駐車場・移動は車・食事は郊外・ラブホは連続利用しない・彼女に金銭負担させない・コンドーム使用・電話連絡は午後二時に限る」とした。

K子が30才の時には、子供が小学校に入り祖母に懐いていた頃に、私が隣接県で行うゴルフ行事の話をすると「有名な温泉地なので一度泊まってみたい」と言い出して二人で宿泊した。

夕食時にビールを口にした後はホテル内のカラオケホールでチークダンスを始めた。他の客の歌に合わせて隅の方で踊る内に、浴衣越しに密着して陰部を擦り合わせると「もうダメーッ」と動けないほど興奮して部屋に戻った。

K子のオマンコは「上付き」なので浴室で体型が似てる彼女の体にリンスを塗りつけて、抱き合って左右に腰を振るだけでもクリトリスを刺激し、そのままでも挿入できるので我慢出来なくなるのです。
浴室でシャワーを浴びたらすぐに布団に入り、時間に追われずに初めての外泊の夜を楽しんだ。30~40代は気の合う男女にとってヤリタイ放題の時期なんです。

K子が40才になると、子供は親に頼ることなく、親の行動に興味もなく、彼女は自由に出歩く事が出来て、ラブホ巡りは究極の「天然温泉露天風呂」に行きついた。
その露天風呂は広いベランダにある檜の広い風呂で、向かい側は家もない自然の森になっていたので、手すりに掴まらせてバックからピストンすると森林の中に「アーっ・イクーっ」の声が吸い取られていた。
二人はすっかり気に入って、その後は今も指定ホテルとして毎回利用している。

二人の「W不倫の関係が何故続くのか?」について話し合ったことは無い。
間もなくK子は50才、私は65才になり、連絡はスマホでメール連絡が出来るようになるが、終わりになる気配はない・・なぜ、終わりにならないのか・・私にはわからない。
  機会が有ればまた報告致します・・・。
                   

 

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