萌え体験談

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上司

仙台の性奴隷。デリヘルMIST看板娘★美穂さん

山形大学国文学部卒業。

仙台で小さな旅行会社に勤める山口美穂ちゃんには、
使途は不明ですが・・多額の借金があり、
その返済のために2004年5月から
仙台市青葉区のデリバリーヘルスMISTに入店していた。

源氏名は南々。
デリヘル店のホームページでは一時は顔出しで掲載され
看板娘として指名の数も増え続けた。


一方で、勤務先の元上司の性的調教は数年間にわたり
深く美穂ちゃんの心身に刻まれ、
その関係は亭主との結婚を挟んで続いていた・・・

元上司は40代半ば妻子もち。
玩具を使った調教が得意な体格の良い男で
とことん徹底して美穂ちゃんの肉体をマゾ化し ていった。
挙式前日にも美穂ちゃんを呼び出し、
特に唇でのフェラチオ奉仕を徹底してやらせた。


「妻子持ちの当時で40半ばでした。
画体が良くいかにも絶倫と言った男で 道具を使うのが好きな男です。。。
それでイカサレまくってくせになってしまったようです」

「結婚式前日に口で奉仕させられたことは知っています。。。」


「美穂には借金があり、その返済でデリヘルで。。
辞めさせて借金も返済し結婚したはずが、お金ではなく
体が欲してたまらなかったようです。。。」


亭主は法律関係の仕事柄も手伝って、美穂ちゃんの借金の完済させるとともに
デリヘル店MISTをやめさせ元上司との関係も清算させたはずであった。

元上司は所謂<奴隷市場>にて美穂ちゃんを奴隷として売り出すことになる。

マゾ雌として徹底調教され結婚を控えた若いオンナは100万円もの高額で取引された。
取引の会場となっていたのが、資産家店長のセカンドハウスのリビングであった。

やがて、資産化店長が出店するジャスコ多賀城店(現イオン)の雑貨店に
勤務させられた美穂ちゃんは、資産家店長との不倫のような赴きもある奴隷化にはまる。

それは不倫とはいえぬ、確たる奴隷契約であった。
旅行会社の元上司から美穂ちゃんを高額(100万円相当)で買い取った上で
自分の切盛りする雑貨店へパート勤務させることで日常までも支配し、
存分に美穂ちゃんの肉体を甚振り尽そうという目論見であった。


そしてセックス調教は続いていく。
資産家の店長の奴隷として買い上げられ た美穂ちゃんは
なだめられ、シャブを打たれ、まさに店長の愛人奴隷と堕ちる。
住吉会の構成員たちとの交流もあった店長である。

挙式後にパート勤務開始後、その間わずか3ヶ月間のうちの出来事であった。


「射精し終わったあとのペニスを吸い出すようにして
掃除するようになったのも務めてからです。

もう、完全に調教されていたんですね・・。」


結局はデリヘル嬢から足を洗うことはできずであった。
借金返済のためではなく肉体が許さなかった・・・。
風俗嬢としての初入店は2004年の春であったが、
美穂ちゃんは店長に促されるようにして再びデリヘル嬢として
大勢の客たちの射精をさせるようになる。

数百万円に上る風俗での収入のほとんどはシャブ代金に充当された。


「正常位で何度も生かされた後に、 騎乗位で自分の中に射精するまで腰をこすり付けて
自分から中出しされる姿や、その写真がポストに入っていました。」


美穂ちゃんは、店長との肉体関係を持ったほぼ同時期から、
住吉会の組織の無数の男たちにも弄ばれ、
そして美穂ちゃん自ら、戯れるまでになっていた・・・


「私たちに子どもがいないのは美穂が常にピルを服用していたからです。。。
尻に手形がついていたこともありますし、精液の匂いを感じることもありました。。」


店長は自宅前で車を停車させ、
亭主を美穂ちゃん携帯電話から呼び出し
何度も何度も亭主に美穂ちゃんのフェラを見せつけ、
やがて挿入 交尾、膣内射精の姿までを披露した・・


「家の前で車の中で店長のを咥えているのを見て、店長と目があったんですが

興奮して何も言えず、、、股間に手がいってしまったのを見られてしまったんです

こちらを見て笑うような感じで。。

美穂は気づいていませんでした

それからは何度も自宅前で見せつけられて

そしてついに・・・挿入しているところを見せつけられてしまったんです・・・」



亭主は常日頃から抱いていた願望が
ものの見事に現実化されていく日々を画像チャットにアクセスしつつ
翻弄され、陶酔し、我を失い、溺れるばかりであった。


『「あああ・・・あなた・・ごめんなさい・・」
「私・・気持ちいいのぉ・・・あなたより・・気持ちいのぉ・・・」
「もう・・調教されておぼえちゃったのごめんなさい・・ああああ」と叫びます』

『「 いつもの演技じゃない。今日は・・ほんとに違うちんちん入ってる・・・」
といいながら・・・潮を吹いて・・』


亭主は自宅に<調教輪姦DVD>を幾度となく送りつけてもらう。
プリントした写真も添付されることもあった。
使用済みのスキンが同封されていることもあった。
自宅アパートの共用廊下にまで、
精液がたっぷりと吐き出された使用済みのスキンが
置き去られることさえもあった。


「白ロムです。
何も記載のないDVDが、数か月にわたり、何枚か。。
編集もされておらず、生で中出しされて、顔にかけられ
それでも、行かされ続ける美穂です。」

「はい。DVD はわたしの名前で郵送されていました。
そして使用済みのスキンが入れられていたり
使用済みの精液が付着した下着が入っていたこともあります。」


続き・・・・


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仙台でヤクザに寝取られシャブ漬けにされた性奴隷妻・美穂

山形大学国文学部卒業。

仙台で小さな旅行会社に勤める山口美穂ちゃんには、
使途は不明ですが・・多額の借金があり、
その返済のために2004年5月から
仙台市青葉区のデリバリーヘルスMISTに入店していた。

源氏名は南々。
デリヘル店のホームページでは一時は顔出しで掲載され
看板娘として指名の数も増え続けた。


一方で、勤務先の元上司の性的調教は数年間にわたり
深く美穂ちゃんの心身に刻まれ、
その関係は亭主との結婚を挟んで続いていた・・・

元上司は40代半ば妻子もち。
玩具を使った調教が得意な体格の良い男で
とことん徹底して美穂ちゃんの肉体をマゾ化し ていった。
挙式前日にも美穂ちゃんを呼び出し、
特に唇でのフェラチオ奉仕を徹底してやらせた。


「妻子持ちの当時で40半ばでした。
画体が良くいかにも絶倫と言った男で 道具を使うのが好きな男です。。。
それでイカサレまくってくせになってしまったようです」

「結婚式前日に口で奉仕させられたことは知っています。。。」


「美穂には借金があり、その返済でデリヘルで。。
辞めさせて借金も返済し結婚したはずが、お金ではなく
体が欲してたまらなかったようです。。。」


亭主は法律関係の仕事柄も手伝って、美穂ちゃんの借金の完済させるとともに
デリヘル店MISTをやめさせ元上司との関係も清算させたはずであった。

元上司は所謂<奴隷市場>にて美穂ちゃんを奴隷として売り出すことになる。

マゾ雌として徹底調教され結婚を控えた若いオンナは100万円もの高額で取引された。
取引の会場となっていたのが、資産家店長のセカンドハウスのリビングであった。

やがて、資産化店長が出店するジャスコ多賀城店(現イオン)の雑貨店に
勤務させられた美穂ちゃんは、資産家店長との不倫のような赴きもある奴隷化にはまる。

それは不倫とはいえぬ、確たる奴隷契約であった。
旅行会社の元上司から美穂ちゃんを高額(100万円相当)で買い取った上で
自分の切盛りする雑貨店へパート勤務させることで日常までも支配し、
存分に美穂ちゃんの肉体を甚振り尽そうという目論見であった。


そしてセックス調教は続いていく。
資産家の店長の奴隷として買い上げられ た美穂ちゃんは
なだめられ、シャブを打たれ、まさに店長の愛人奴隷と堕ちる。
住吉会の構成員たちとの交流もあった店長である。

挙式後にパート勤務開始後、その間わずか3ヶ月間のうちの出来事であった。


「射精し終わったあとのペニスを吸い出すようにして
掃除するようになったのも務めてからです。

もう、完全に調教されていたんですね・・。」


結局はデリヘル嬢から足を洗うことはできずであった。
借金返済のためではなく肉体が許さなかった・・・。
風俗嬢としての初入店は2004年の春であったが、
美穂ちゃんは店長に促されるようにして再びデリヘル嬢として
大勢の客たちの射精をさせるようになる。

数百万円に上る風俗での収入のほとんどはシャブ代金に充当された。


「正常位で何度も生かされた後に、 騎乗位で自分の中に射精するまで腰をこすり付けて
自分から中出しされる姿や、その写真がポストに入っていました。」


美穂ちゃんは、店長との肉体関係を持ったほぼ同時期から、
住吉会の組織の無数の男たちにも弄ばれ、
そして美穂ちゃん自ら、戯れるまでになっていた・・・


「私たちに子どもがいないのは美穂が常にピルを服用していたからです。。。
尻に手形がついていたこともありますし、精液の匂いを感じることもありました。。」


店長は自宅前で車を停車させ、
亭主を美穂ちゃん携帯電話から呼び出し
何度も何度も亭主に美穂ちゃんのフェラを見せつけ、
やがて挿入 交尾、膣内射精の姿までを披露した・・


「家の前で車の中で店長のを咥えているのを見て、店長と目があったんですが

興奮して何も言えず、、、股間に手がいってしまったのを見られてしまったんです

こちらを見て笑うような感じで。。

美穂は気づいていませんでした

それからは何度も自宅前で見せつけられて

そしてついに・・・挿入しているところを見せつけられてしまったんです・・・」



亭主は常日頃から抱いていた願望が
ものの見事に現実化されていく日々を画像チャットにアクセスしつつ
翻弄され、陶酔し、我を失い、溺れるばかりであった。


『「あああ・・・あなた・・ごめんなさい・・」
「私・・気持ちいいのぉ・・・あなたより・・気持ちいのぉ・・・」
「もう・・調教されておぼえちゃったのごめんなさい・・ああああ」と叫びます』

『「 いつもの演技じゃない。今日は・・ほんとに違うちんちん入ってる・・・」
といいながら・・・潮を吹いて・・』


亭主は自宅に<調教輪姦DVD>を幾度となく送りつけてもらう。
プリントした写真も添付されることもあった。
使用済みのスキンが同封されていることもあった。
自宅アパートの共用廊下にまで、
精液がたっぷりと吐き出された使用済みのスキンが
置き去られることさえもあった。


「白ロムです。
何も記載のないDVDが、数か月にわたり、何枚か。。
編集もされておらず、生で中出しされて、顔にかけられ
それでも、行かされ続ける美穂です。」

「はい。DVD はわたしの名前で郵送されていました。
そして使用済みのスキンが入れられていたり
使用済みの精液が付着した下着が入っていたこともあります。」

「薄めのメイクでミニスカートでした。
黒いストッキングで履いたまま破かれて
挿入され、、、最後は中だしでした。。」


「6人で3穴同時もありでした。
もう、見ていられないほど精液まみれにされるものです。

4~5枚送られてきましたが、すべて同じような内容です。

男たちは刺青があったりと堅気ではないです。。」


「4人ほどです。
45くらいの男たちで一人は20代中盤でした。

さんざん40台の男に奉仕させられて、射精させられた後は、
20代の男に思い切り突かれまくり、周りのおとこの中に出せの命令で
中出しを2回されています・・・。」


「器具は・・・ポンプです。。。
そのまま打たれているところから、錯乱にいたって
自分で腰をふりながら中だしを懇願し、思い切り出されているところなど。。。。」


「店長は毎回最初に美穂をあやすように落ち着かせて注射します。」


「量はわかりませんが。。。 バックで壁に押し付けられながら攻められ 受精は正常位です・・・・」


「はい。冒頭と途中でクリトリスに打たれています。。
部屋はホテルではなく大きなリビングのようです」


自宅前で停車させた店長の白いリンカーンの車中で
美穂ちゃんは膣内に店長の精子を注入され、
帰宅後すぐにそのまま、亭主とセックスするよう命じられ実行した。

そんな日はいつに無く美穂ちゃんは狂ったように中出しを懇願し、
シャブの残留も相まってか、激しい興奮状態であった。
その様子は美穂ちゃんの携帯から店長に聞かせるのがルールとされていた。
携帯が通話状態であることを亭主も承知の上で
美穂ちゃんの膣内に吐き出された 店長の精子にペニスを絡めながら射精し
精液カクテルを作らされたことが7,8回あった。


さらに度々、美穂ちゃんの携帯から、輪姦真っ最中の声も聞かされた。
店長は亭主との性交渉を禁ずるようになって久しい。

亭主は毎夜毎夜帰宅しなくなった美穂ちゃんを待ちながら、
ネットを立ち上げ、狭き門をはじめとするチャットルームで
僅かばかりの美穂ちゃんの画像を晒すしかなかった。

美穂ちゃんの裸をネット上に晒すことは、厳禁とされた。


『「ねぇ・・・いっぱい出されたの・・・今も突かれてるの・・
精子でぐちゃぐちゃの音聞いて」
・・・・・ 確実に、数人いた気配がありました』


『「ねぇ・・もういくっ・・だめ・・いったら中に出されちゃうの・・・
いっちゃうああああ」
といって電話が切れたことも数回りました。。』



店長は常時、美穂ちゃんにピルを飲ませ、
勤務中だろうと調教途中だろうと只管にシャブを打ち続けた。

まさしくシャブ漬け風俗嬢であった。
肉棒と精液と薬無しには生きていけないマゾ肉便器人妻として
美穂ちゃんは一級品に磨き上げられた。

クリトリスに近いヒダには大きなピアス穴があけられ、
陰毛の茂みの奥には店長のイニシャルである<RT>という文字が
深緑色で刻み込まれていた。


『恥ずかしながら、いつころあけられたのかわかりません。。
クリトリスに近いヒダに大きく開けられていました。
「びっくりしたでしょ・・あなたが喜ぶと思って・・・」
という声が震えているのを聞き逃すはずはありませんでした。。。』


やがて、亭主はヤクザたちが集う美穂ちゃんの調教現場に呼び出され、
ヤクザのオンナの責めを受けさせられ、精液を放ち、薬を打ち込まれ、
奴隷夫婦としての饗宴を受けさせられることもあった。


「奥さん助けたいならと呼び打され。。
いきなり拘束され女に徹底的に快楽攻めされ 最後は中だしさせられました。
それを撮られて脅され夫婦で快楽攻めさせられました。」

「ああああ
私がヤクザの女としたことを全て美穂が相手を選ばずさせられる約束でした。。。
最初は私も拘束され狂って中だしさせられ。。
お前もしたんだから奥さんにもしてもらうと。。。」


店長のペニスを亭主がフェラチオをさせられたこともある。
店長は美穂ちゃんのピル服用を止めさせた上で、膣内射精を重ねた。
一度、美穂ちゃんは受精し店長の子を孕まされた。
調教妊娠プレイである。
2009年のことであった。

美穂ちゃんは、程なくして会頭のオンナとして献上され るまでとなった。

店長も組織も、美穂ちゃんの体を2010年の茨城への入院までおもちゃにし続け
完璧なまでの奴隷に仕立てあげ、そして去っていった。


「一度だけ目隠しに完全拘束されている美穂を見せつけられ
中だしプレイに加担してしまったことがあります。。」

「すみません。。
最後は一緒に参加して美穂が中だしされ狂って行くのを見ながら
ヤクザの女に口で奉仕され射精するようになってしまいました。。」


セックスと薬物に溺れたため、積極的な早期治療もせずして
美穂ちゃんの病<悪性リンパ腫>は急速に深刻化した・・

2010年。茨城県の病院へ入院が決定 。
医師は体内にシャブの残留する美穂ちゃんに対して
末期ガンであることを慮り、治療に専念させるよう指導。

2010年冬。
MISTの客人たち数千名、
旅行会社の元上司、
資産家店長、
住吉会の構成員とその他大勢の男たちの
夥しい精液と、薬漬けにされた果てに・・・・・・・・


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仙台 MISTの南々で遊びつくした。(2)

鈴木様を信じて、書ける範囲の内容を告白しますね。
契約の範囲で合意したアブノーマルなプレイは、主にsm調教です。

製薬会社を退職した役員が出資やマンションを提供するクローズドのsmサークルが麻布にあり、私がこのメンバーであったことから、道具も経験もありました。

苦痛を伴わない事が条件でしたので、主には羞恥、自尊心を傷つけるプレイを行い、意外にも抵抗は少なかったです。
奥様は自分が結婚しているとも言っていました。

デリヘルの仕事はお金の為だとも。なぜお金がいるかは聞いていません。

正直なところ私は奥様に惚れていたので、契約のお金以外も、金の面倒は全て私がみることを提案しました。代わりに貴方と別れて、私の妻になる事を求めたものの、貴方の事を愛していると言って断られました。

この苦い経験への報復と奥様が首を縦に振らず、契約内容に含める事ができなかったが強要してでも行いたかったハードスカトロ、ハード医療プレイをさせるため以下の行為を撮影し、疑問もなく行ってしまった奥様を使って、私の黒い欲望を半年間満たし続けました。

その行為 私が用意した中学生との薬(実は偽)を使った性行為とその撮影。奥様が無理に誘った風の台本になっており、そのとおり演じていました。後に本人と親に慰謝料を訴えられ、それを私が取りさぜさせる代償として、半年間NGなしで体を私の自由にさせる事としました。

おかげで奥様の体の内外や、性的快楽におけるそれらへの影響、体調と排泄物との関係など私以上に詳しい詳しい者はいないかと思います。
卒アルを持ってこさせ、あなたや過去の男性遍歴や性行為の内容なども聞いた記憶がありますが、忘れてしまいました。驚きましたがその○○団や、上司との不倫?は私にも伏せていましたね。あと刺青?は気が付きませんでした。

奥様はいま、どうしているのでしょうか?結婚生活を続けているのですか?入院されていたのですか?
○○団とは何でしょうか?名称も含めて詳しく教えて頂けないでしょうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

接待の続きで大事なお客さんを我が家に招く事になった

私は中小企業で営業課長をしている45歳のサラリーマンです。
娘も去年他県の私立大学に合格し、1人暮らしをしています。
家のローンに娘への仕送りと出費が多く、妻も昨年からパートで仕事を始めました。
私の会社も景気が良いとは言えず、ボーナスも毎年減少傾向にありました。
そんな時、営業で出向いた建築会社から大きな仕事の話が入ったんです。
部長を始め、社長にまで ”頼むぞ!会社の存続が掛っている仕事だから” と言われ
注目の的でした。
話はとんとん拍子に進み、社長の勧めもあって相手先を接待する事になりました。

当日、部長と待ち合わせ場所の料亭に向かうと、既に取引先の方がお見えになって
いました。
 『すいません、遅くなってしまって』
 『まぁ気にしないで・・・我々も今着いたばかりですから』
初めて見る2人と名刺交換をすると社長(緒方社長)と専務(高橋専務)だったんです。
 『今日は、契約書を持って来ましたので、社長と専務が来ました』
 『そうなんですか!弊社社長も来るのを楽しみにしていたんですが、都合が悪くて』
 『社長にもよろしく言ってて下さい』
 『そんな堅い話はいいから、喉も乾いたし早速始めませんか?』
 『そうですね』
土建業と言う仕事柄なのか?社長や専務も堅苦しさが無く、普段の飲み会と言う雰囲気で
酒を次々と飲み干していました。
料亭を出る頃には、緒方社長も高橋専務もいい感じに酔っ払い”次々!さぁ行こうか”と
2次会に向かう事になったんです。
相手先の希望もあって2次会はキャバクラに行く事になりタクシーで部長の知っている所に
向かいました。
緒方社長(58歳)も高橋専務(55歳)も女好きの様で、隣に座る女の子にベタベタとしながら
太腿を擦ったり肩に手を回し、気分上々だったんです。
席の隅では私と取引先の担当者で、契約書の話をしていたんですが、契約書は社長が
持っているとの事で、最終的な契約はお預け状態でした。
そんな中、店の女性が”ちょっと、困ります!”と声を荒げ、社長と口論になっていました。
緒方社長が女性の胸を揉んだらしく、女性が思わず声を荒げた様でした。
場は一気に冷めると同時に気まずい雰囲気になって行ったんです。
 『はぁ!全くつまらない店だなぁ!来るんじゃなかった』
部長が会計を済ませ、直ぐに店を出る事になり、今日はこれで終わりかなぁ!と思って
いました。
 『緒方社長、本当に気の利かない店ですいませんでした。今度は良い店に連れて行きますので』
 『全く、冗談も効かない女だったよ』
 『本当ですね!今日はこの辺で・・・』
 『ん~いい感じに酔っていたのに醒めちゃったよ』
 『そうなんですか?』
 『他に良い所無いのか?まぁ、この辺じゃいい女の居る店も無い様だし・・・でも飲みたらんなぁ』
 『では・・・居酒屋でも』
 『居酒屋かぁ・・・君の家で飲もう』
 『私の家は・・・・田中君(私)の所はここから近かったよね』
 『えっ・・・私の家ですか?』
 『よし、じゃ田中君の家で飲み直ししようか!』
 『ビールや焼酎くらいしか有りませんよ。それに社長の口に合うか・・・』
 『何でもいいよ!酒が飲めれば』
急な展開に困りましたが、部長が後ろで手を合わせ”頼む”と言っているし、社長もノリノリだったので
断る事は出来ませんでした。
 『一応、妻に電話してみます』
 『何だよ!奥さんに聞かないと駄目なのか!ハハハ家と一緒だな』

妻に電話をすると
 『今から何も無いよ!』
 『ビールを冷やしてくれ・・・焼酎もあったよね。それと軽くつまめる物作ってて』
 『うん!分かった!大事な取引だもんね。パパも頑張って』
 『本当にすまない』
 『大丈夫よ!パパの会社が潰れたらそれこそ大変だし』
大きな取引だと言う事は妻も知っていました。会社が左右される事も知っていたし、今日が大事な接待だと
言う事も知っていました。
朝も”今日の取引上手く行くといいね”と言って送り出してくれた位です。

 『では、行きましょうか』
 『おっ、許しが出たのか?』
 『えぇ~』
その直後、部長が私の耳元に顔を寄せ
 ”すまないが後は頼んだ!明日、朝早いから”
 ”そうなんですか?私1人で・・・”
 ”適当に飲ませてタクシーでも呼んでくれ”
 ”分かりました”
 ”このお詫びは必ずするから”


 『すいません、私はここで・・・後は田中課長がお相手しますので・・・』
 『そうなのか!分かった気をつけて帰るんだよ』
 『あの~私もここで・・・』
相手先の担当者も帰る事になり、私と緒方社長、高橋専務の3人でタクシーに乗り私の自宅に
向かいました。
 『狭い家ですが、中にどうぞ』
玄関を開けると妻が玄関先に膝間つき出迎えてくれました。
 『始めまして田中の妻です。どうぞ中へ』
 『お~奥さん・・・夜分にすまないね』
 『いえ、こんな所までお越しいただいて・・・』
 『綺麗な奥さんだね』
社長と専務が妻を横目にリビングへ入って行き、私は妻に”すまない”と頭を下げたんです。
妻も風呂上りだったんでしょうか?ボディソープのいい香りが漂い、急いで着たと思われる
レモン色のノースリーブのワンピース姿でした。
よく見れば生足ですし、ワンピースの丈も短めでいつもならタイツやレギンスを履くのに・・・。

リビングへ行くとテーブルには冷やされたビールと焼酎が置かれ、いくつかのつまみも用意され
ていました。
社長と専務が長ソファーに座り、私が向かい合う様に座ります。
妻が社長と専務にお酌をし、飲み会が始まったんです。
酒を飲み始めて直ぐ、”奥さんも一緒に飲みましょうよ”と社長が声を掛けました。
妻は酒が弱く、直ぐに酔ってしまいます。しかし、妻は大事なお客さんだと知って、嫌がる事も無く
愛想笑をしながらグラスを手に、社長からお酌されていました。
やがて社長が妻を隣に座らせると、今日の2次会での出来事を語り始めたんです。
”全く、今の若い女は冗談も分からない・・・奥さん位の年齢なら分かると思うけど”と多少の
悪戯は許せるよね!と言わんばかりです。
妻も”そうですね!そう言う席なんですから・・・”と愛想笑すると”分かってるね”と言いながら
妻の肩に手を回し始めました。
”イラッ”とする私に妻が”大丈夫よ”と視線を送って来て、私は我慢する事にしたんです。
勿論社長の胸ぐら掴めば全て終わりです。契約も無くなり私は仕事すら失う事も・・・。
妻の冷静な判断に助けられました。
目の前で妻がエロ親父に肩を組まれ、今にも襲い掛かられる勢いです。
社長にドンドン酒を飲ませ帰らせるつもりでしたが、社長は酒が強く、むしろ私が酔い潰れる
勢いでした。
社長と専務が来て1時間が過ぎた時には、私は意識が朦朧となり始め、妻もすっかり酔って
頬を赤らめ、目が虚ろになっていました。
その頃には社長は片手を妻の太腿の上に乗せ、スリスリしたり肉を掴んでみたりとエッチな店と
勘違いしている勢いです。
専務は私の隣に座り、妻の真向かえで視線を太腿奥に向かわせながら、何度も腰を屈め
視線を下げて妻の陰部を覗き見していました。
妻のワンピースは太腿半分以上露出させ、私の位置からも水色の下着が見え隠れする程です。
酒に酔っている妻の太腿は緩み、隙間が大きくなって専務にお披露目状態でした。
しかも妻はノースリーブのワンピースだった事もあり、胸元が大きく開き社長の視線は常に妻の
胸に向けられていたんです。
怒りと嫉妬で狂いそうだった私ですが、何故か股間が反応し異常な興奮を味わう裏の私が
存在する事も事実でした。
そんな矢先、遂に社長の手が妻の胸に向けられ、下から持ち上げる様に触れたんです。
 『奥さん、胸大きいね!サイズ幾つ?』
 『社長さん!エッチ何んだから・・・』
 『こんなに大きなおっぱい見せられたら、触りたくなっちゃうよ』
 『男の人ってみんなそうなんですか?』
 『そうだよ!旦那さん羨ましいなぁ!こんな素敵なおっぱい毎日揉めるんだから』
そう言いながら社長がドサクサに紛れて、妻の胸を揉み始めました。
 『ん~Gカップはあるかなぁ』
 『そんなに無いですよ!Eカップなんです』
 『Eカップか!柔らかくて気持ちイイよ』
 『もう年だから弾力失って・・・』
 『幾つ?30歳位だと思ったけど』
 『もう社長さんったら・・・39歳のおばさんですよ』
 『5才以上若く見えるよ。なぁ高橋君』
 『そうですね!30前半だと思っていましたよ。社長ばっかりズルいですよ。私にも』
そう言って専務まで身を乗り出し妻の胸に手を伸ばし始めたんです。
2人の手が妻の両胸を掴み揉み始めて瞬間、妻が”そうだ!良いツマミあったんだ”と
立ち上がり2人から逃れキッチンへ向かいました。
後を追う様に私もキッチンへ向かうと
 ”大丈夫かよ!本当にごめん”
 ”仕方ないよ!これ位我慢しないと・・・私は大丈夫だから心配しないで”
妻は冷蔵庫からツマミになる物を持って社長の待つソファーへ向かって行きました。

妻は39歳。結婚20年を迎え妻の魅力を忘れかけていましたが、こうして見ると小顔で
色白肌のいい女です。胸も大きくお尻からの下半身は太めかも知れませんが、それが
また魅力的でもあります。

そんな妻が社長の隣に座ると、待っていたと言わんばかりに社長が妻の肩に手を回しました。
まるで自分の女の様に・・・。
やがて社長が契約書をネタに、妻にキスを欲求し始めたんです。
 『奥さんがキスしてくれたら、契約書を上げようかなぁ!』
 『でも・・・』
 『本気だよ!そこのバックに入っているし・・・見せようか』
酔った妻も”契約書”と言う言葉に目の色を変えました。もちろん私もです。
一瞬の隙を付き、社長の口が妻の顔の前に覆いかぶさり、妻の唇は奪われました。
しかも私の目の前で、舌を絡めるディープキスを始めたんです。
私の視線を気にする妻・・・社長を煽る専務。
歯止めが効かなくなった社長は、酒を口に溜め、妻に口移しで飲ませる事を始め、妻もただ受け入れる
しかないと言った表情で飲めない酒を飲んでいたんです。
 『田中君!酒無くなっちゃったから買って来て・・・』
 『こんな時間に何処も・・・』
 『コンビニあるでしょ』
 『まぁ・・・ちょっと離れていますが・・・』
 『お客さんだよ』
 『わ・分かりました』
キスを交わす社長と妻を横目に、私は片道1.5kmも離れたコンビニ目指して歩き始めました。
普段歩いて15分位で付きますが、千鳥足だった私はコンビニまで30分、買い物をして帰り道は
更に時間を要し、多分家を出て1時間以上はかかったと思われます。
意識朦朧となりながら壁に寄り掛かりながらリビングへ向かうと、妻は完全に酔い潰れ、ソファーに
横になっていました。
 『遅かったね!ご苦労さん』
 『奥さんすっかり酔っちゃって寝ちゃった』
私も限界でソファーに倒れ込む様に横になってしゃべる事も出来ませんでした。
記憶も薄れながら、目を開けると目の前で社長が妻のお尻に手を回し、撫で回すと同時に
スカート捲り上げるのが見えました。
私の目の前で妻のお尻が・・・そこには陰部を覆う下着は無く、白くて丸い綺麗な生尻が露わに
なりました。
酔いで頭が回らない私も”何が起きたのか?”理解不能でした。
いつもなら意識を失い、深い眠りに就く私ですが、妻の事が気になり眠る事が出来ない私は
その後、真実を知ったんです。
 『しかし、まさか若い人妻を抱けるなんて思わなかったよ』
 『社長若いですね!何発やったんですか?』
 『3発だけど、高橋君も好きだね』
 『妻とはもう何年もありませんし、ご無沙汰でしたからね!最高でしたよ』
 『しかし、アナルプレーは初めてだよ!締りも最高だったなぁ』
 『以前、職場の連中が最高だって言ってたから、試してみたかったんですよ』
 『処女アナルだよな!旦那には悪いが・・・もう一発やって帰るかな』
 『社長好きですね』
その会話の後、私は記憶を失い深い眠りに就いたんです。

朝目が覚めると、私はリビングのソファーに横になっていました。
社長も専務の姿も無く、テーブルには封筒が置かれ、中には契約書が入っていました。
 『パパ!契約書貰えて良かったね!これで会社も大丈夫よね』
 『あ~そうだね』
 『パパも風呂に入ったら・・・昨日そのまま寝ちゃったんでしょ』
 『ん~社長は?』
 『タクシーで帰ったよ』
 『朝?』
 『うん!』
脱衣場へ向かうと妻が着替えを持って来てくれました。
思わず妻を抱きしめ、キスをすると”どうしたの?”と焦る妻。
きっと先程まで、妻は社長と専務に抱かれていたんだと思います。
朝方に妻は社長と専務と風呂に入り、体を流しながらこの場で3Pを・・・。
何故なら妻はバスタオルを巻いた姿だったし、口から精液の匂いがします。
バスタオルを剥ぎ取ると、マンコとアナルからも精液が垂れ流れていました。
 『パパ・・・仕方なかったのよ』
 『本当にすまなかった』
私は涙を浮かべる妻を抱き、何年ぶりに妻の体内へ精液を吐き出しました。
嫉妬と興奮で、社長に負けずと3度も中出しをしました。(1度は腸内かな?)

今も夫婦仲は良好で、以前にも増して夫婦の営みが増えました。

昔のつけ

夫は妻に大変な思いをして子供を産んでもらう。だから性交時には妻には大サービスをして喜んで貰わなければならない。20分ぐらいの適当な前戯のあと陰茎を挿入して自分が気持ちの良いピストンの後勝手に射精して後戯もしないのは本質的に強姦魔と変わりが無い。妻の髪をなでながらディープキスをするところから性交は始まっている。全身の性感帯を40分はかけて舐めたい。それからクンニだ。陰茎挿入はバイブでも出来るがクンニは夫にしか出来ない。姉に徹底的にテクニックを仕込まれてきたので女性器に吸い付いた女を逃がした事はない。自分でショーツも脱げない恥ずかしがり屋の妻はクンニが大好きなくせに恥ずかしがって抵抗するのが可愛い。たっぷりと30分は妻の性器に吸い付いて軽くイかせている。
美人は3日見ると飽きるというが妻は何年見ても美しいと思う。美しい妻には自然に「綺麗だよ。愛しているよ。」と繰り返す事ができる。真昼の公園で処女を強奪させてくれた妻。可愛いわが子を産んでくれた妻。本当に愛おしいト思う。クンニで陰裂が開き膣口がぽっかりとあくと真っ赤な顔をした妻が「入って。」と小声で陰茎挿入をリクエストしてくれる。21cmの陰茎で知り尽くした妻の膣内急所を優しく擦っていく。イってもイっても容赦しない。怒涛の抜かず6連発で精液を大量注入した後、優しく逆流液の後始末をしてやり、後戯に移る。愛情を確かめながら右手で女性器3つ所攻めをして左手で乳房をまさぐり、ディープキスを重ねる。しっかり抱きかかえて寝る。だから妻は夫の愛を疑わない。
ところで大学時代、出身高近くの女子校で夏休みに茶道部の知的美人部長の処女を部室で半ば強奪した。彼女のショーツと処女を奪った直後の泣き顔写真はダンボールに整理してあるほかの処女達の物とは別置しているお宝コレクションだ。それをあるとき妻が見つけて「この人は私の親友よ。今でもメールのやり取りがあるの。驚いた。あなた彼女まで毒牙にかけていたの。でもあのお堅いお嬢様をどうやって。」というので茶道部部室での一部始終を話した。妻が深くため息をつき彼女のその後を話してくれた。茶道部部長は処女を強奪されもう良い結婚は出来ないと泣いたそうだ。しかし5日もすると体が疼くように男を求めたのに気がついてここまで汚されたのかと自己嫌悪に陥ったそうだ。
「もうこんなに汚れた自分を愛してくれる男性はいない。」と彼女は言い寄ってくる男に心を閉ざして良い大学を卒業して大会社に就職したそうだ。彼女は実家が用意する縁談はどんなに良いお話でもお断りし続けているそうだ。休日には誰に着せるつもりか凝った手編みのセーターなどを編んでいると言う。そこまで妻から聞かされて深刻な気持ちになり姉に相談した。姉は「彼女を家に呼んで妹と食事をしなさい。そしてもう一度同じ手口で強姦するのよ。」と言った。妻が恐る恐る彼女に「あなたを犯した男と結婚したの。お話があるからお昼ご飯を食べに来て。」とお誘いメールを打つと何と彼女は花束片手に笑顔でやってきた。
自慢のワインを出して食事をしながら妻と彼女は色々な昔話をしてくれた。結構楽しいお食事が出来た。食後、妻と目配せして彼女をベッドルームに連れ込み手早くボクサーパンツ1枚になった。妻はショーツとブラだけになったので全裸にむいてやった。驚く彼女をベッドに引き込み2人で全裸に脱がすと「愛しているよ。」とディープキスをした、彼女の上半身を妻に任せて彼女の足の指から舐めはじめ舌先をじらすようにゆっくりとふくらはぎ膝、太股、陰裂と舐めあげていった。彼女の股間に顔を埋めジュルジュル愛液をすすりながら持てるクンニの舌技の全てを楽しんでもらった。これには十分な手ごたえがあった。
彼女の愛液でベッドに大きなシミが出来たので彼女の膣口に亀頭をあて静かに沈めて行った。2度めの男性体験なのでまだ痛がる恐れが有った。まだボルチオは未開発なのでGスポ周辺を中心に亀頭で擦って性感を開発しようとした。性交2回目の彼女が痛がらないように静かにピストンをした。そんな性交を彼女は可愛い嬌声を上げて喜んでくれるのが嬉しかった。他の男を知らないうぶな膣に一気に性快楽がヒートアップして射精が近づいて来た。避妊具が何も無く生姦をしていたので陰茎を引き抜くと彼女の腹の上に敷いたティッシュに思いっきり膣外射精を放った。大量の精液が出た。
暫く妻と舌を絡めていると彼女からもう一度してのリクエストがあった。先程の性交ですっかり膣口が緩んでいたので再び陰茎でズブリと刺し貫き腰がドスンとあたった亀頭がボルチオ部に達し彼女が痛がったので挿入を浅くしてまたピストンを楽しんでもらった。今度はGスポが盛り上がった感じだったのでそこをカリで引っ掛けるように陰茎操作をした。彼女は喜んでくれた。はっきり言ってうぶな女子高生を相手にしているようなものだった。結局膣外射精で4発正常位で性交して彼女を完全に満足させた。性交後、彼女は起き上がるといきなり抱きついてきて「今わかったの。私が本当に愛しているのはあなた。あなたは私の白馬に載った王子様。」と甘えられた。結婚して子供を産んで余裕の妻は彼女に明るさがさしてきた事を喜んだ。
彼女をあやしてまたショーツとパンストを2発目の記念にもらうと笑顔の妻と全裸ツーショットで記念撮影して家に返した。彼女が帰ると妻が「彼女とこれからどうするおつもり。少々の男では動かない堅い女の恋心を動かしたら大変よ。」と悪戯っぽく笑った。そんな妻を押し倒して全身愛撫からクンニをたっぷり味あわせて抜かずに2発膣内射精をボルチオ部に激しく噴出させた。妻は本当に美味しい女だと痛感した。妻にメールが彼女から来た「今日は沢山御呼ばれして頂いてありがとう。必ずまた呼んで下さいね。」と書かれていた。それから週末は彼女を呼んで3Pしているが性交を重ねるにつれ愛情は深まり、女性の恐ろしい面を見た気がした。妻がサオ姉妹や姉との3Pを嫌がらないのには驚いた。女性2人になると心強いのだろうか。
しかし社会に出ると男女の不倫のドロドロは誘惑が多い。一番多いのは「相談に乗ってください。」と声をかけてくる女性だ。妻以外と関係を持たないと決めていても昔の因縁で不倫がついてくる。そうこうしている内に茶道部部長の性感開発が進み男を楽しめるようになった。今後彼女をどうするかがますます難しくなった。でも妻はあまり深刻に考えていない様子だ。実際に陰茎をさしてみると妻の膣の味は最高なのだが彼女も負けていない。膣外射精したあと素晴らしい余韻が残る。とにかく面倒な事は妻を犯してから考えようと思う。多くの女を犯してきたが陰茎は本当に膣にジャストフィットする良く出来た精液注入管だと思う。

清楚妻のマンコがグロテスクだった訳

私は、高2で処女と童貞を捧げあった高校時代の同級生の元カノと24歳で再会し、26歳で結婚して、2年後に元妻の上司による寝取られ妊娠で離婚しました。
私は女性不信に陥り、32歳まで4年間女性と付き合えませんでした。
そんな危機的な32歳の私を見て、女性を紹介してくれたのが取引先の社長さんでした。

「君・・・訳アリの女性を引き取ってくれないかね?いつまでもバツイチってわけにもいかんだろう?」
「訳アリ・・・ですか?」
「ああ、訳アリだが別嬪だぞ・・・」
私は女性不信でしたが、結婚して家庭を築きたいとは思っていました。
贅沢は言わない、とんでもない不細工でなければ、気立てのいい優しい女性ならばいつかはと思っていました。
社長さんが紹介しようとした女性は、社長さんと、社長さんの昵懇の県議が共同で囲っていた愛人でした。
「ご実家の工場が倒産してね、借財を私が肩代わりして、県議がその後の仕事を世話した見返りに、当時短大2年だったお嬢さんを愛人として囲ったんですよ。その期限が4年、間もなく切れるんですよ・・・不本意ながら愛人になったお嬢さんも間もなく24歳、優しい女性だし、バツイチの君も放っておけなくて、いい組み合わせだと思ってねえ・・・」
見せられた写真は衝撃的でした。
「上から88、58、88の完ぺきなボディだろう?」
水着ではなく、ベージュの下着姿の写真で、麻縄で緊縛されていました。
「私も県議も70歳、こうでもしないと起たなくてね・・・持病もあるからバイアグラの類は使いたくないしね・・・」
セミロングの黒髪に整った顔立ちは、とても清楚で木村文乃さんに似た美形でした。
私はあまりの美しさに、社長さんの愛人を譲り受けることを承諾しました。

一応、32歳のバツイチ男と24歳のお嬢さんのお見合いと言う形を取り、交際1年、私33歳、妻25歳で再婚しました。
現在再婚して4年、私に年齢も考慮して、子供は1人だけにしました。
「バツイチのお前が何であんな清楚な超美人と再婚できるんだよっ!」
理由は絶対言えませんでしたが、色んな勘繰りがされるほど、バツイチの私とは釣り合わない再婚劇だったようです。
29歳になった美人妻は、清楚な中に艶も出て、今はとても幸せな暮らしをしています。

妻と初めてホテルに入ったのは、お見合いからわずか1か月後でした。
「ご存じのとおり、私は愛人として、二人の男性に4年間玩具にされてきました。お気に召さなければ、ハッキリ仰ってください・・・」
妻の女陰を初めて見たとき、そのグロテスクさに驚きました。
女唇は女裂から5mm程度ハミ出て、灰色に近い変色で左右に穴が開いていました。
開くと目を引くアズキ色の女豆は人並み外れた大きさで肥大して皮から出っぱなしで、そこにも穴が開いていました。
「オチンチンが起たないと、色んな器具でアソコを悪戯されました。色んなものを入れられて、変な器具でクリトリスを吸い出されて、アソコには3つの性奴隷ピアスが通されて、細い鎖で繋がっていました・・・私、変態性奴だったんですよ・・・」
男根だけでなく、性具で4年間弄ばれ、しゃぶり尽くされて灰色に引き伸ばされた妻の女唇が、ピアスを通されて老いぼれの男根を突き刺されて、掻き回された清楚美人の女穴は、私の若くて硬い男根に、驚いたように愛液を噴きました。
「私・・・あの社長さんに処女を奪われたんです・・・そして県議にも立て続けに・・・痛くて、惨めで、泣きました・・・」
「ということは、俺が三人目?」
「はい・・・しかも、こんなに硬くて大きいのには、びっくりしました・・・」
私はせいぜい15㎝ですから巨根ではありません。
それでも、60代後半の爺さんから比べたら、硬くて大きく感じたのでしょう。

24歳の清楚な美人顔に相応しくないグロテスクな女陰の妻は、羞恥凌辱で人並み以上に性感が高く、私とのセックスではのた打ち回るほどに乱れて、敏感に改造された女豆が男根の根元に擦れるたびに仰け反って、
「いぐぅ~~いぐぅ~~」
と下品に喘いで、あっという間に逝ってしまいます。
だから、挿入後は深く突きて男根の根元を肥大女豆に当てないように工夫して営んでいます。
町内で評判の29歳の美人妻は、実は清楚なのは見た目だけなのです。

遂に!やっと見れた!美人課長の初パンチラ!

私は中堅企業勤務29歳のサラリーマンです。入社してからの憧れは綾子課長32歳です。優秀で女性社員としては早い課長
昇格です。薄くブラウンに染めたセミロングの髪の毛、くりっとした二重瞼の瞳、色っぽい唇、巨乳ではありませんがボリュームのある胸の膨らみ、
タイトスカートから伸びているベージュのストッキングに包まれた脚線美・・
私の憧れでありオナペットでした。
元々ガードが固い女性でしたが二年前に結婚してから更にガードが固くなりました。
夏にブラウスからうっすらと透けて見えたブラジャーの肩ひもが唯一のエロ目撃です。
それと惜しかったのは去年の
打ち上げの二次会のカラオケで
私の対面に座った綾子課長のタイトスカートとストッキング越しの太ももで作られた三角
デルタゾーン!勿論綾子課長は
しっかりとブロック!
たまにデルタゾーンから手を
離してましたが室内が暗くて
綾子課長のデルタゾーンの奥が暗くて見えませんでした。
見えそうで見えない綾子課長のパンティに私はずっと勃起でした。こんかチャンスはないかな・・と思ってたら
忘年会で綾子課長が珍しく
黒いワンピースを着てきました。二次会はいつものカラオケで幹事の特権で綾子課長の対面をキープ!この前と違うのは
ワンピースなので上半身を
動かすとスカート部分がずり上がるんです!この前より
太ももが露出されています!
あの美人課長のパンチラを
見れるのか!?期待で早くも
勃起です!たまにデルタゾーンから手を離すのですがやはり
見えません・・あと数センチ
スカートがずり上がったら・・
念願のパンティなのに・・
その時でした。店員がドリンクを持って来ました。斜め後ろの店員からドリンクを受け取る為に両手を斜め上に伸ばしたら
ワンピースの上半身部分が
引っ張られ当然スカート部分がずり上がる形となり5~6センチ
めくれたデルタゾーンの奥が
遂に・・公開となりました!
社内の男子社員が誰も見た事が
ない神秘のベールに閉ざされた
綾子課長のスカートの奥!!
綾子課長らしい清純な白でした。ストッキングのたて線が
少しずれてやや右側に走っていました!
ああ!綾子課長のパンティ!!
綾子課長はめくれたスカートに
気がつき慌てて直してました。
私をチラッと見てきたので
慌てて視線をそらしました。
わずか10秒程でしたが夢の様な時間でした!
それで話は終わりではなく
帰り際
綾子課長が私の耳元で
「エッチ!」
と囁きハニカミながら帰って
行きました・・
それからはオナニー三昧の
日々です。苦笑

水泳部の先輩と同僚におもちゃにされたこと

私は高校時代水泳部でした。女子と男子が7:3で圧倒的に女子が多かったです。自分は運動が苦手で、唯一できるのが水泳でした。それと同じクラスのかわいい女子が参加していることも決めてでした。芸能人でいうと中山忍のような子でした。また部長もきれいな方でこちらは高岡早紀のような印象でした。二人ともスタイルはよく、早紀さんは胸が大きく、時折チラ見していました。忍はおっぱいは小さいのですが、なんとなくロリっぽい雰囲気が好きでした。ですから練習が終わると、家で二人のことをおかずにしごいていました。時には更衣室で二人のパンティをかぎながらオナニーしていました。ある日男子が早く練習が終わりました。家に帰ってから更衣室に忘れ物をしたことに気づきました。急いでプールの更衣室に行きました。すると部長と忍はまだ練習をしていました。「ということは。・…」と私は更衣室に向い、二人のロッカーからパンティを出し、オナニーをはじめました。今日はチンポに部長、忍は顔につけてしてみました。もう少しでイキそうな時、更衣室に向かう足音が聞こえました。あわててしまうと、掃除器具のロッカーに隠れました。
忍と部長の早紀さんでした。忍「ありがとうございました」早紀「いいえ、でも上手になったね」忍「今度の大会は頑張ります」二人は練習の事を話していました。忍が水着を脱ぎはめると、早紀さんが「少しおっぱい大きくなった?」と触り始めました。とても慣れた手つきで忍も嫌がりません。それどころかうっとりとしています。「部長のほうが・・あああ」となんと二人はキスも始めました。忍も早紀さんのおっぱいをもみ始めます。私は二人の関係に驚きましたが、チンポはギンギンになっています。「すごい、今日は感じているね、ねえ見ててどう思う」と突然早紀さんが隠れている僕に声をかけます。忍と二人でロッカーの扉を開けます。僕はその時チンポ丸出しでした。「ふふふ、実は知っていたのよ」「そう、だっていつもオナニーしていたんでしょう」と早紀さんと忍は言います。「今日はどうやっていたの」と早紀さんが聞いてきます。先ほどの事を白状すると「私たちのおもちゃになるなら」という約束で見逃してくれることになりました。まずは公開オナニーです。二人は凝視しています。そのうち早紀さんが「手伝うね」とフェラチオをしてくれました。パイ刷りもしてくれました。チンポが柔らかいマシュマロで包まれたようでした。早紀さんの次は忍です。続いて僕が横になり早紀さんが顔面騎乗を始めました。最初は水着越しで途中から脱ぎ初めました。忍は尻コキを始めました。「イキそうです」と僕が言うと、忍のヘアバンドでチンポを縛られてしまいました。「ゴムはつけなくてもいいね」と早紀さんのマンコに僕のチンポが入れられました。「すごい気持ちいい」と。今度は忍が四つ這いになり後ろから責めるよう言われました。
「すご~い、固いチンポ」と普段クラスでは言わないことをいっています。早紀さんは僕のアナルにボールペンを入れてきました。「固くなるおまじない」らしいです。チンポはギンギンですが、だんだんしびれてきました。「お願いです。イカせてください」と懇願し「いいわよ、出して」とゴムを外し手コキを始めました。すぐに大量のザーメンを出してしまいました。「すごい、これからもよろしく」と言われました。その後もおもちゃにされましたが、気持ちよかったです。今でも思い出すとチンポが固くなります。

人豚 (グロ描写注意)

「人豚」というのは昔の中国の刑罰です。あるお后が恋仇に復讐するために、手足を切り落とし、目をくり抜き、舌を抜いた上で、便所に監禁して人糞を食べさせながら、豚のように飼った、というものです。

私は人豚の事を知って、心が震えました。これこそK子に相応しい刑罰だと思ったからです。K子は同じ会社の同僚で、私が思いを寄せていた男性を奪い、上司に色目を使って、役得の多い楽な仕事を独占するゲス女でした。また、邪魔になりそうな女子の悪い噂を捏造したり、あからさまな嫌がらせやイジメをする、人間のクズです。そんなK子の被害を受けた女子は少なくありません。

ある週末、有志女子が密かに集まり、K子人豚化作戦の計画を練りました。手足を一度に切断すると、大量失血でショック死するから、時間をかけて切らなきゃダメだと、看護士経験者がアドバイスしてくれました。目をくり抜くのは技術がいるから、塩酸などを使って目を潰す方がいいとか、舌を下手に抜くと窒息死するので、舌のどこを切れば言葉を発せなくなるかを研究しました。

最大の問題は人豚にしたK子を監禁する便所の確保と、K子そのものを誘拐する方法でした。考えた末、その道のプロに渡りをつけるのがいいのでは?という事になり、そういうプロを知ってそうな人を探す事にしました。

私たちが見つけたのは、宝石箱を営む遠藤さんという人でした。情報によれば遠藤さんは宝石商という表の顔とは別に、違法な物も売っているそうです。

計画を聞かされた遠藤さんは、これを本当にやったら、君たち、懲役25年は食らうよ。ペーパープランの遊びだけにした方がいい、或いは特殊メイクのできるプロダクションに、この内容のホラー映画を作ってもらうくらいに留めてはどうかな。そもそも、こんなハードな事ができるプロは国内にはいないよ。

それを聞いた有志の一人が、海外だったらできるんですか?と遠藤さんに聞きました。遠藤さんは、詳しい場所は言えないが、東南アジアのある地域は、警察も政府軍も入れない無法地帯だ。そこの連中なら、やり方を指示して金を出せばやるかも知れない。そこで撮影されたビデオを見るだけなら、君たちの手も汚れなくて済むかもしれない。

私たちは計画を修正して、幻の宝石が格安で買えるツアーをでっちあげ、遠藤さんがK子を無法地帯に連れ出し、後は現地ゲリラが刑を下す、という内容にしました。K子は案外簡単にこの話に食いつき、遠藤さんと共に東南アジアに旅だちました。

私たちは日本人OLが、東南アジアで行方不明、というニュースを心待ちにして過ごしました。しかしいつまで経っても、そのような報道はされません。何が手違いがあったのか、心配になってきた矢先、ビデオが届きました。

私たちは集まり、ビデオを見ました。最初の方はK子が東南アジア旅行を楽しんでいる映像ばかりで、見ているとイライラしてきました。今か今かと待つうちに、画面が突然変わり、辺鄙な山村で銃を持ったゲリラたちが登場し、私たちは歓声をあげました。

もう刑が執行されたのか、K子の姿は見えません。目を凝らして見ていると、ゲリラたちが人間の首を切り落としている画面に変わりました。完全に胴体から切り離された首は遠藤さんの物でした。そして画面に登場したK子はゲリラに混じって、大きな山刀を持っています。K子は画面を見ている私たちに向かって不敵に笑いました。次はあんたらの番だよ。

きゃああああああ!!!

私たちは悲鳴を上げました。どんなホラー映画よりも恐ろしい物を見てしまったのです。したたかなK子は、計画に感づき、遠藤さんを出し抜いた後、ゲリラに処刑させたのでしょう。

ゲリラたちもK子の悪の素養に共感したのかもしれません。画面の様子では、既にK子はゲリラたちを完全に掌握している様でした。悪は悪を知る、の言葉どおり、K子は本物の魔性の女でした

私たちは甘すぎた自分たちを呪い、今にもやってくるかもしれないK子の幻影に震え上がりました。警察に助けを求める事もできず、ある者は発狂し、ある者は電車に飛び込みました。私は家にこもり、外との接点を絶ち、一日中祈祷を上げました。家族は私の気が触れたと思ったようです。本当に気が狂えば楽になったかもしれません。私は憔悴し、ついに救急車で搬送されるまでになりましたが、その途中、救急車はトラックに側面衝突され大破、私は路上に放り出されて、後続の車に轢かれました。

瀕死の重傷を負った私は、両足を切断する大手術で命をとりとめました。その事故で両目と声帯を失いました。

両手が助かっただけでも幸運だと言われましたが、生きる望みを失った私は、廃人のようになりました。

事故から数年後、リハビリにより何とか生きる望みが出てきた私は、かつての平穏な日々を取り戻しはじめました。ある日、久しぶりに見舞い客が来ました。聞き慣れない足音です。誰ですか?と筆談で聞く私に、悪魔のような声が言いました。

まだ両手が残っているね。

K子が大きな山刀を私の手に当てました。、

人生色々(元夫に愛されて)ver.2

自慢めいた話から始まることをお許しください。

小学校の高学年ごろから、近所の大人たちから色白でかわいいとよく言われるようになり、中学生になると、何人もの男子生徒から告白されるようになりました。若い頃にモデルをしていたことのある母親に容姿が似たせいかもしれません。胸も人並み以上に大きく、それも魅力だったようです。性に好奇心が強かったせいか、私は高校生の時、一度だけ悪い友人に誘われて、20代の会社員の男性といけないデートをしたことがありました。生まれて初めてのセックスの経験でした。ホテルへ連れて行かれると、当然のようにフェラチオをさせられ、顔の上に男の人が跨ると、肛門も舐めさせられてしまいました。よくわからないまま、そうすることが当然のことのように思わされていました。処女でしたので、挿入はとても痛かった記憶があります。何で皆はこんなことが楽しいのだろうと思ってしまいました。男の人から帰りに五万円をもらいましたが、後悔の気持ちから、二度と同じことはしませんでした。
 まじめに勉強だけはして高校を卒業すると、私は短大に進学しました。短大は女子しかいません。でも、夏休みにバイト先で知り合ったW大学4年生の男性と仲良くなり、真面目で誠実な彼に恋をしてしまいました。彼には、同じ大学に同級生の恋人がいましたので、私は自分の気持ちを伝えることも出来ず、彼とは友達関係を維持していました。卒業後、彼の恋人は故郷に教師として帰ることになり、恋人を失って落ち込んでいた彼は、案の定、私に振り向いてくれました。
 私は20歳の誕生日に、彼に身体を捧げました。間もなく私も社会人となり、勤務する会社の男性からデートに誘われることも多かったのですが、彼を一途に愛し続けました。そして、私22歳、彼25歳の春に、二人は結婚しました。新婚旅行はハワイでした。結婚生活は幸せでした。まだ若かったので暫くは子供をもうけず、避妊をして性生活を営んでいました。私は、夫に抱かれているうち女の歓びに目覚め、それなりの快感を感じてはいましたが、乱れて自分を失うほどの快感を感じることは出来ませんでした。私は夫の前でも、清楚でまじめな女のイメージを崩したくありませんでした。それでも私の身体は自然と夫を欲して、ほぼ毎日夫のペニスを味わっていました。
 結婚3年目のころ、私は上司と出張に行くことになりました。男女の組み合わせでの、泊りがけの出張は珍しいのですが、急に仕事が決まって私しかあいていなかったので、止むを得ませんでした。出張先のホテルのバーで課長に酔わされた私は、気付いたらホテルの部屋で全裸にされて、課長に抱かれていました。状況を把握して抵抗しようとしたその瞬間、課長のペニスが私の膣内に挿入されるのを感じました。40歳の課長は、夫よりもゆっくりした動きですが、私の弱点を素早く探り当て、緩急をつけて私を少しずつ絶頂へ誘いました。私は、湧いてくる快楽に抵抗することができずに、夫では得られない焦らしを交えた課長のテクニックに、不貞行為であることも忘れて逝き乱れました。そして、最後には課長の精液を顔面に浴び、濡れたペニスを舐めさせられました。
「君は、お淑やかな美人妻だと思ったけど、セックスは乱れるんだね。旦那さんが羨ましいよ…」
私は、いけないと思いながらも翌朝も課長に抱かれてしまいました。私は、妻でありながら夫以外のペニスを受け入れてしまったのでした。私は、月に2~3度課長に抱かれるようになってしまいました。課長に抱かれる時に、私は頭の中が真っ白になるほど逝き乱れるのです。夫には恥ずかしくてそんな姿は見せられないのに、課長の前では淫乱に乱れる女になれるのでした。課長は安全日かどうかを私に確かめて、大丈夫だと思うと私が言うと、いつも中に出して果てました。そして決まって、ペニスを抜くと私に舐めさせましたが、私はそれが当然であるかのように、最後の一滴まで吸い取ってあげていました。生理が遅れると課長の子種で妊娠してないかとても不安でした。
 課長とのダブル不倫は半年で明るみになりました。夫は嘆き悲しみ、課長の奥様は半狂乱、結局私は離婚されてしまいました。私は26歳、夫は29歳、まだやり直しがききました。しかし課長は、夫に対する多額の慰謝料を私の分まで支払い、家庭を失いました。私は、いたたまれなくて結局会社を辞めました。

不倫して離婚された娘は実家でも疎まれて、追われるように都会に出ました。しかし、再就職が難しく、パートタイムでスーパーマーケットなどで働きました。その会社の本社の役員さんが来た時、お茶の用意などさせてもらったのが縁で、私は本社に採用されました。でも、その実態は役員さんの愛人になるという事だったのです。
「上司と不倫して離婚したんだってねえ。清楚な外見ではしたないねえ。」
そんな風に言われて、私は週1回、60過ぎの役員さんに抱かれることになりました。役員さんには奥様がいましたが病気がちで、よく入院していました。ホテルでは、いつも私が上になって腰を振り、最後だけ役員さんが上になってお腹の上に射精しました。時には役員さんの体のあちこちを舐めさせられたりしました。だんだんと道具を使ったり、黒革の拘束具を身に着けさせられたりするようになりました。当時、胸はEカップで色白なほうでしたので、役員さんは大喜びの様子で、SMチックなプレイを私に要求しました。やがて役員さんの30歳の長男さんとも仲良くなり、週に2回長男さんにも抱かれるようになりました。同じ年の長男さんは時には3度も私を抱いて果てました。役員さんとは親子なのに、体臭もペニスの味も精液も違っていました。長男さんは年下の恋人がいらしたのに、別れて私と結婚したいと言い出しました。長男さんは、私が父親の愛人だと知らなかったのです。私と長男さんとの関係は、役員さんの逆鱗に触れてしまいました。可愛い息子をそそのかされたと判断した役員さんは、私をSM器具のあるラブホテルに連れて行くと、現れた見ず知らずの三人の中年男性に私は縛られて、凌辱されました。3人のペニスを順に咥えさせられ、かわるがわる挿入されて腰を突かれ、3人分の精液を顔にかけられました。恥ずかしいことに、私は感じて乱れてしまいました。そして、「退職金だ」と200万円の束を投げつけられて、愛人生活が終わりました。
数日後、長男さんが訪ねてきて
「あなたはAVに出演した過去があったんですね…セックス狂いの汚い女だったんですね…清楚な振りして僕を騙したんですね…」
と言って、写真を置いて別れを告げられました。その数十枚の写真には、3人の男性に犯されて、はしたなく乱れる私が写っていました。私が後ろから男に突かれている写真には、ペニスと結合したアソコから流れ滴る、感じた証の白い愛液も写っていました。私は何も反論できず、彼とも別れました。

 30歳になってまた私は居場所を失い、ビル清掃会社で働くようになりました。私は2年間真面目に働いていましたが、32歳の頃、担当するビルの25歳の男子社員と顔なじみになり、食事に誘われて年甲斐もなく浮かれて出かけ、口説かれて抱かれてしまいました。7歳年下の若い彼は、引き締まった筋肉質の硬い体で激しく私を抱きました。
 「美人だ、綺麗だ。」
そういわれるのは何年か振りで、彼が本気だと勘違いしてしまいました。彼は、私を清掃作業服のまま抱きたがりました。時には職場のトイレでセックスすることもありました。2年間身体の関係を続けた後、彼は転勤してしまいました。もしかしたらプロポーズされるかも…期待した私が馬鹿でした。2年間、性欲処理に弄ばれただけでした。
寂しさに落ち込む私を優しく慰めてくれたのは、清掃班の班長でした。57歳の班長は以前はホームレスだったそうで、10年前にアルバイトで採用されて、そこから正社員になったそうです。私は優しい班長さんに誘われるままアパートまで上がりこんで、つい、寂しい身体を慰められてしまいました。もう34歳になっていた私を抱いて、班長さんは娘のような若い女体を抱いたと大喜びでした。それから週1~2回、肌を合わせるようになりました。班長さんは、清掃会社の班員の女性数人と身体の関係を持ってきたそうです。でも、わけ有りで独り身になった50代の女性ばかりで、私のような若い女はこの会社に来て初めてだそうです。 班長さんとは、3年でお別れがきました。還暦を迎えるに当たり、郷里に帰ることにしたと言いました。3年間身体の関係があった男性とお別れするのは辛かったです。恋愛ではありませんでしたが、情が移っていました。
 私は、39歳まで清掃会社で働きました。もう、男性と関係することもありませんでした。アパートに帰って一人分の食事を作り、一人で食べて一人で寝ました。何が悲しいか分からない涙を流すようになりました。
40歳を迎える年の春、私は生活に疲れ果てて、恥をしのんで郷里に帰りました。実家には顔を出せませんが、しばらくぶりに帰った生まれ育った街は、やはり心の落ち着つく場所でした。実家とは、新幹線の駅をはさんで反対側に住みました。実家の様子は見に行きませんでした。行けば両親に会いたくなります。生きていればですが…
 地元のホームセンターで働き出しました。収入は女1人が質素に生きていくのに十分でした。
まじめに働いて一年が経った時に、あの出来事がやってきました。
3月11日の金曜日の午後、倉庫整理をしていた私は激しい揺れに気が動転しました。金属製の棚が次々にガラガラと崩れて、商品が地面に落ちてきました。揺れは地響きとともにかなり長く続き、終わった頃には倉庫の中は足の踏み場もない状態でした。幸い私は怪我をしませんでした。
 急きょ店を閉めて、社員が駐車場に集められて安否の確認が始まりました。全員の無事を確認後、店舗を施錠して私達女子社員は一時帰宅するよう促され、アパートへ帰ったのですが、部屋の中は悲惨な状態でした。停電、断水、電話も通じませんでした。翌日職場に出向きましたが、暫く始業できない旨を告げられました。私のアパートは壁がヒビだらけで倒壊する危険があるとのことで、近くの体育館に避難しました。実家のことが気になりましたが、こんな時に親不孝の娘が顔を出すわけには行きません。体育館で大人しくしているしかありませんでした。体育館でテレビの映像を見て愕然としました。宮城や岩手はもっと酷いことになっていました。

 市役所の職員が、避難者の身元確認をし始めました。彼らもまた気の毒な被災者なのに、懸命に避難者のために働いていました。住所、氏名、生年月日を書き入れて手渡した職員が私の名前を口にして
「君は…」
それ14年前に別れた元夫でした。夫はこの街の市の職員になっていたのです。私は目を反らしてしまいました。どの面下げて元夫に合わせる顔がございましょう。元夫には新しいご家族もいらっしゃるでしょうから、私など邪魔な存在。
 夕方、私服に着替えた元夫が私を呼びに来ました。私はわざと迷惑そうな顔をして外に出ました。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ご無沙汰しております。その節は、大変なご無礼を…」
なるべく冷たく聞こえるように答えました。
「ずっとこの街にいたのか?」
「1年前に戻ってきました。でも、アパートが崩壊しそうで…」
「そうか…再婚したのか?」
「色々ありましたが、あれ以来結婚はしていません。」
「そうか…俺も同じだ…」
「え?…」
「俺のマンションに来るか?賃貸だが部屋は空いているよ。」
「そんな…ご迷惑な…」
「元は一緒に暮らした仲だ。困った時は頼れ。」
私は元夫のマンションに転がり込みました。まだ完全には片付いていませんでしたが、建物は鉄筋コンクリート造で堅牢でした。
「これ、地震で前のガラスが割れちゃったけど、捨てられなくてな…」
私はそれを見たとたん、その場に泣き崩れてしまいました。元夫が手に持っていたのは、新婚旅行のハワイで写した二人の写真でした。あのとき家庭持ちの上司との不倫に走らず、まじめに生きていれば、その後のみじめな苦労はなかったのです。

 その夜、久しぶりにお風呂に入って、14年ぶりに元夫に抱かれました。私のアソコを眺めて「苦労したんだなあ」と言って舐めてくれました。私は昔の、世間も男もよく知らない清楚な若奥様ではありません。元夫のペニスだけではなく、球も、そして菊のような肛門もやさしく舐めてあげました。汚れた私の体の遍歴をそれとなく教えるために、今までの男性に教えられた、男を喜ばせる性の技を一つ一つ彼にして見せたのです。男性に抱かれるのは、班長さん以来6年ぶりでした。元夫の懐かしいペニスが私に入ってきました。私の弱点を覚えていたのでしょうか、いきなり突かれて、そうかと思うと焦らされて…元夫は、若いときのような激しさはなく、昔不倫した課長さんのような中年男性のネットリしたセックスでした。あれから何人もの女性と関係を持ったのでしょう。元夫のペニスは赤黒く、オンナを悦ばせる業に磨きがかかっていました。元夫のペニスで膣壁を撫でられて声を出して喘ぎ、あまりの快感に身を捩って激しく乱れ、仰け反って逝きました。元夫に抱かれて、私は性の渇きだけでなく、心も満たされて嬉しさに涙を流していました。私はまだ元夫を愛していたことを悟りました。
けれども、私は元夫を裏切った女です。元夫に抱かれたからといって甘えるわけにはいきません。
 元夫が仕事に出かけた後、一宿一飯の御礼と、抱いてもらって良い思い出が出来たと手紙に残してマンションを後にしました。行くあてもないので、壊れかけのアパートで過ごしました。そして、やっぱりこの街を出て行くことにしました。私は郷里に相応しくない女なのです。
 41歳の女が知らない街で、1人で生きていくのは容易ではありませんが、元夫に迷惑はかけられません。不倫して裏切った元妻と一緒にいるなんて、お笑い種です。使えそうな物だけ選んで荷造りをしました。これから行き先を考えなければなりません。前にいた都会に戻るのが最善と思えました。ホームセンターにも離職手続きをしなければなりません。
 翌朝とりあえず住む場所を見つけるために、前にいた都会へ出かけようとアパートを出ました。するとアパートの前に元夫が立っていました。
「やり直さないか?」
「私はあなたに愛される資格のない女です。」
「ほれた女の過去は問わない主義なんでね…これ…」
元夫は婚姻届を私に見せました。そこには署名捺印がしてありました。そして証人欄には私の両親の署名が…私は嗚咽しました。荷造りした荷物の行き先は元夫のマンションになりました。

 今、私は42歳の妊婦です。もしダメでも仕方ありませんが、頑張って産みたいです。夫と再婚してからは、毎晩抱かれて逝きまくりです。別れた夫とのセックスがこれほど良かったなんて、苦労と引き換えに、この年になって知ったのです。そして妊娠。
 私達の夫婦の営みは少々変わっています。夫は離婚後の私の性遍歴を知りませんが、私のアソコの色やセックスの様子で、いろいろあったことは自然と分かると思います。愛人にもされ凌辱も受けました。60過ぎの男性に革の拘束具を着せられて、SMチックなプレイも毎回させられていました。夫は、私が離婚後に出会った自分の見知らぬ男達に、私が抱かれている姿を色々想像して、嫉妬しながら抱くのだそうです。それを聞かされた私は、夫に謝罪しながら逝かされるのでした。
 私はまた清楚な妻に戻りました。ただ、昔と違うのは、夫に抱かれているときに、オンナの悦びを隠さなくなりました。夫が刺激を望むのなら、過去の事も少しずつ、小出しに話してあげようかと思っています。
今私たちは快楽を貪る中年夫婦です。

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