萌え体験談

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中出し・妊娠

私の性的体験記(9)社会人‐剃毛と無毛症

やがて洋子は長女を妊娠し、臨月。陣痛が始まったので、かかりつけの県立病院に連絡したところ陣痛の間隔が10分程度になってから来てくれと言われた。指示通りにタイミングを待ち、病院に連れて行くと、感じの悪い看護婦が対応に出てきて、
「先生の診察の前に、私が診ますから」と
言われ、思わず二人で顔を見合わせ、嫌だなぁと思ったのだが、洋子は処置室に連れていかれ、私は廊下で待つことになった。あとで聞くと処置室に連れていかれた洋子は、パンティーを脱ぐように言われ、内診台に乗せられた。看護婦はカーテンも引かずに、洋子のマンコを入念に観察したそうである。

産婦人科と言えば、第2子を設けた後、1年間の米国研修が予定されていた時期に、洋子が妊娠してしまった。出産ということになれば、研修自体が流れてしまうため、二人で相談して中絶をすることにした。当日、二人で駅近くの産院に出向いた。中絶手術は一般外来の時間外に行うため、医院は閑散としていた。私は廊下のベンチで待たされ、洋子は処置室へ入った。処置は全身麻酔で行われる。ガスか注射かは分からなかったが、麻酔薬を掛けられる時の医者の声が廊下まで聞こえてきた。
「これから麻酔を掛けますから1から順番に数を数えて下さい。」
「1、2、3、4…」
僅か4まで数える洋子の声が聞こえたが、そこで声が聞こえなくなり、昏睡した様子であった。処置室の方を見ると扉の上の壁が、透明なガラスの埋め殺し構造になっていた。これはいけると思い持ち歩いていた小型の手鏡を使って、その窓状の壁から中の様子を窺った。洋子は膝を曲げる状態にした両脚は大股開きにされていた。こちら側は頭のため、私からはマンコは見えなかったが、内診台の様なベッドには、麻酔をかけることを前提にしているためか、お腹の上にかけるカーテンもなく、洋子のお腹の先に陰毛が立ち上がっているのが見えた。どうやらスカートと下着を脱ぎ、下半身のみ丸出し状態で眠らされている様子であった。医者はその開いた両の脚の間に、椅子に座ってこちら、というか、洋子のマンコを注視していた。こちらからは見えないが、医者側からは丸出しにしたマンコが明るいライトの下、丸見えの筈である。当然と言っても良いかも知れないが、医者は中年の男性である。見ず知らずと言っても良い男性に目的があるとはいえ、洋子はマンコを丸出しにして弄られている状態であった。注意深く室内を見回すと、処置台とは別に机が一つあり、その前の椅子に中年の女性が座り、読書をしていた。おそらくは、医者の奥さんで、男性医師が意識のない下半身丸出しの女性を前にして、不心得な行為をしないよう女性を立ち会わせるという決まりがある様であった。女性は診察台に背を向け黙々と読書を続けており、振り向けば洋子のマンコを見ることが出来る位置関係であったが、決して振り返ることはなかった。お陰で私は安心して中の様子を伺うことが出来た。処置自体は20分間程度のものであった。全てが終わり、処置室に呼ばれた私は麻酔が覚める迄、傍にいるように指示された。洋子が麻酔から覚めるまで約1時間ほど私は先ほどまで医者が座っていた椅子に腰かけ待った。既に奥さんの手助けの元、洋子は生理用のパンツを穿かされ、スカートも身に着けていた。

第3子目の時は、県のルールとかで、県立病院は利用できず、市役所近くの産院を利用した。この産院はかなり変わっていた。他でその様な話を聞いたことはないが、そこでは出産の直前に陰毛をすっかり剃り落とされてしまった。衛生上はその方が良い、特にカテーテルを繋ぐような年寄りには剃毛は良いという話は聞くが、出産に際して剃毛という話は、私が知る限りここだけであった。これより以前に、悪戯心から洋子の陰毛を剃毛したことがあった。眠りこけている間に、陰列が始まる一寸上部から下をすっかり剃り上げた。少女のようなマンコになれば面白いと思ったのだが、何しろ不揃いの小陰唇が大陰唇からはみ出している様なマンコである。グロさが増しただけで少女の様にとはいかなかった。それでも嵌めてみると意外にその吸い付くような感触は初々しかった。恥丘部分の陰毛を残したためか、翌日黙っていたら、本人はマンコの周囲の毛を剃られたことに全く気付かなかった。翌晩に性交する時、それを教えてやると、本人は「あれ? あれ?!」と驚いた様子であった。その時は新鮮さがあったが、数日して、所謂無精髭の様に毛が伸びてくると、何やらチクチクするようで、本人にとっては、余り気持ちの良いものではなかった様だ。剃毛をするなら、こまめに剃ることが必要であり、むしろ除毛した方が良いということをその時知った。

剃毛と言えば、世の中に無毛症というのが存在するのを知ったのもこの頃であった。この時期、結婚を機に、私は実家を出て、実家近くに戸建ての借家住まいをしていた。同じ間取りの家が4件並んでいて、私の家は道路から見て一番手前にあった。浴槽のバーナーは昨今の様に全自動式ではなく、自分でわざわざバーナーに火を焚く必要があり、換気の目的で浴室の下の方に幅60・、高サ10・程度の換気口が開いていた。自分の家の風呂であり、洋子の裸やマンコは、子供が眠ってしまえば、いくらでも見れたのでこの換気口から浴室を覗く必要性は全くなかった。第一、バス道路から30mほど路地を入ったところと言え、周囲は畑で、そんな覗きをしていたら、直ぐに通行人に怪しまれてしまう環境であった。ところが隣以降の3軒の家は事情が違った。例えば隣の家とは僅か2~3m程度しか離れておらず、私の家が陰を作り、通行人に見つかることはまず考えられなかった。当時隣家には60代と思われる老夫婦が2人で住んでいた。ある日のこと、子ども達は既に眠ってしまい、洋子は性交前の入浴中であった。夏のことで居間のテラス窓は網戸になっていた。タイミングよく隣家の浴室の電気が灯り、隣の奥さんも入浴を始めたのが分かった。洋子はまだ当分風呂から上がってこないことが分かっていたので、私は、興味本位から網戸を静かに開け、外に出て隣家の浴室の換気口から中を覗いてみた。驚いたことに隣の奥さんは剃毛ではなく明らかに無毛症で、色白の身体に少女の様な陰門が見えるマンコの持ち主だった。妙に感激した。その晩はその光景を思い出しながら、隣の奥さんを犯す妄想にかられながら、洋子との性交を楽しんだ。・・・続く。

私の上で激しく揺れ動いている人妻に中出し

セフレチップインで出会って、3ヵ月ほど関係の続けている人妻さんとの体験を書きます。セフレチップインに「彼女いるから彼氏持ちでも人妻でもオッケーです。」との書き込みをして、唯一メールが来たのがJさんでした。歳を聞いてみると35歳とのことで、正直期待せずにやり取りをしました。

そして、二日目に写メ交換をしてみると・・・なんとほっそりとした超美人!!正直20代後半にしか見えません。私がこれまで出会ってきな中で、ダントツに綺麗な人でした。子供が3人いるとのことでしたが、とても子持ちにすら見えません。写メ見てからはマメにやりとりをして、二週間ほどで会う約束を取り付けました。

「遊びたいわけじゃない、恋愛したいの」とメールを始めた理由を話していたので、好きになりそう・・というニュアンスの会話をしていたら、お互いメールの上ではすでに彼氏彼女の気分に。ホテルに行こうというやり取りもしました。そして週末の夕方、都内の駅前で待ち合わせをして、私の車でとりあえずご飯を食べにファミレスへ・・。

実際にみるとやはり美人!スタイルも細身でたまりません。食事をし適当に会話をしたあと店を出て、近くのホテルへ・・・。その日彼女は生理3日目でしたがメールでエッチしようとは話ていたのでそのままエッチへ。正直生理だと興ざめして立たないんじゃ・・と心配でしたがあまりに美人なので血が出ていてもまったく気になりません。

キスをして、ネットリと舌を絡ませ胸を愛撫すると、初対面なのと生理中のためかあまり反応がありません。アソコへ指を挿入しようとすると痛がるそぶりさえ・・。

それで「やめようか?」と声をかけると「舐めてもいい・・?」とフェラをしてきました。こんな美人が自分のチンポを咥えている姿を見ているだけで、メチャクチャ興奮しました。そのままフェラを楽しんでいると「中でしていいよ」と彼女。そしてそのまま生挿入・・・最初は痛そうなそぶりも見せましたが、だんだん感じてきている様子。

私もこんな美人とセックスしている事実に興奮しまくりでした。そしてピストンを段々早めていくと、彼女が囁くように「い・・イク・・う」と絶頂を知らせてきました。正直当時は女性の排卵や安全日など全く知識はなかったため、最後は外だし。その日は一回目が終わって、ひとしきり会話をしてから2回戦。

夜中の1時過ぎにホテルを出て、彼女の家まで送りました。もちろん別れ際にネットリとキス・・。それからは週1回のペースで会いました。彼女が3人の子供を送り出し、幼稚園の子を迎えに行く時間までの限られた時間で・・。その間ゴムセックス中心でしたが、絡み合いながらディープキスをしてチンポをマンコにこすり付けると彼女から生で挿入してくる始末・・。

その時その時の感情のままに行動するタイプのようで、生外だしにはさほど抵抗のない様子。彼女から騎乗位で入れてくることもありました。「恋愛がしたい」との言葉の通り、割り切った関係というよりはかなり気持ちの入ったセックスで、見も心もとろけそうになるほど快感でした。そして、会う時が生理の時は必ず生中出しをするように。

彼女もゴムセックスより断然生派で、明らかに反応が違います。そして先週会ったとき、私は1週間オナニーを我慢してたっぷりを精子を蓄えていきました(笑)いつものように恋人同然に濃厚なキスを交わし、互いの性器をまさぐりあい彼女の性感が高まってきたところで生挿入。抱き合いながら正常位で絡み合い、彼女の好きな座位へ・・「なんでこんなに気持ちいいの・・?」と彼女。

何度もイキそうになり、そのたびに休憩もかねてディープキスを絡ませあう。その後は騎乗位に移行し、彼女が私の上で激しく揺れ動いているその絵にまた興奮。綺麗な顔が快感に歪む。「奥まで入る・・」と彼女は腰を押し付けてきます。そして堪えかねた様子で「イっていい・・?」と懇願してきたので、彼女の好きな座位で攻め立てイカせてあげました。

そして正常位で激しくピストンして、彼女の中にたっぷりと溜め込んだ精液をぶちまけてあげました。生中出しの快感と最高の美人を抱いているという優越感で、最高の気分でそのまま彼女の上へ折り重なっていき・・ひとしきり余韻を楽しんだ後、彼女の性器からペニスを抜くと・・ドロッとしたものが逆流してきます。その光景にもまた興奮。

彼女も「幸せ・・」と囁きキスを求めてきます。結局その日はもう一度中出しセックスを楽しみ別れの時間を迎えました。名残惜しむように帰る準備をしてホテルを出て待ち合わせた場所で彼女を降ろし帰宅。後から彼女からメールが来ましたがその内容は・・「ナプキン取り替えたらあなたの精子がいっぱいでてきた!」と冗談交じりで言ってきました。

^^終始興奮でいっぱいでしたね。ということで、なかなか彼女とは別れられなさそうです。他人の妻を汚している背徳感と最高の美人に中出しするという優越感は最高です!

私の初体験の相手は新しいお父さん

私が5年生の時に母は再婚しました。
新しいお父さんは優しくてとても嬉しかった。
母は看護師で夜勤もあったりとお父さんと二人なることが多かった
私が中学生になりオナニーも覚え毎日のようにオナニーしてた
中二の夏休みだった
オナニーして裸のまま寝てしまった
下半身に違和感を感じ起きた
私、えーお父さん
父は私のまんこを舐めてた
私、あー気持ちいい
父、気持ちいいかぁ
私、うん
父、自分でするよりいいだろう
私、うん
父は激しく舐めはじめた
私、あーあーすごいー
父はクリトリス舐めてきた
私、あーあーいっちゃういっちゃうよ
父、イケイケ
私、あーあーイクーイクーイクー
私はいってしまった
父、母さんと一緒だな、母さんもクリトリス舐めたらすぐにいくよ
私、だって気持ちいいんだもん
父、お父さんも気持ちよくしてくれ
私、うん
父はスマホでエロ動画見せてきた
見てビックリ
それは父と母のセックスの動画だった
私は見ながらしゃぶった
父、おー気持ちいいぞ
しばらくしゃぶった
そしてベットに横になり
父、経験は
私、ないよ
父、じゃあ父さんが初めてだな
私、うん
父、じゃあ入れるぞと入れてきた
私、痛い痛い
父は無視し激しく動いてきた
しばらくすると痛いのも忘れて喘ぎ声出してた
色んな体位変えて
父、おーデルー、生理は
私、まだないよ
それ聞いた父は激しく動いて私の中で果てた
父、どうだ
私、気持ち良かった
父、痛くないかぁ
私、少しヒリヒリするけど大丈夫
父、そうかぁ
その日から母が準夜勤や夜勤の日はお父さんとセックスした
生理きてからはゴムつけた
中3の時に妹が生まれたが母は出産時に出血が酷く緊急手術したが帰らぬ人になった
それからは私と父は夫婦のように妹を育てながらセックス三昧
私は医学部に進み母みたいな人を一人でも助けたく勉強し産婦人科医になった
実は大学のときに父の子を妊娠し1年休学し女の子を出産した
妹は高学2年、娘は来春小学生になる
父は2年前癌で母のところに旅立った
私は去年結婚し妹と娘を育てます

私の初体験

私が高校2年のときでした。家に叔父さんが同居していました。
叔父さんは母親の弟で、当時31歳でした。
両親が旅行に出かけたときのことで、叔父さんと私の二人っきりで何日か過ごすことになりました。
両親で出かけた日の夜のことでした。私を見る叔父さんの目がいつもと違う気がしました。食事が終わって、叔父さんは一人でふろに入りました。するとお風呂場から私を呼ぶ声がしました。
叔父「えみ、ちょっと来てくれ。」
私は何も考えずに、「はーい。」と返事をして、浴室に向かうと、
叔父「背中流してくれ」と手首を掴まれました。戸惑う私に「さあ早く。」と急かしました。
そのまま背中を流そうとすると、「濡れてしまうだろう、えみもさっさと脱げよ。」と強い口調で言いました。仕方なくブラジャーとパンティの下着姿になると、「まあ、いいだろう。」と叔父さんが言いました。
背中を洗って流してあげると、「今度は前だな。」と言って、叔父さんはおもむろに前を向いて、隆々と勃起したおちんちんを見せつけ、「ここも洗ってくれ。」と言いました。
初めて見る勃起したものに戸惑う私に、石鹸をつけて手で洗うように言いました。
叔父さんは気持ちよさそうな顔をして、「しごいてくれ。」と言いました。
興味があったので、仕方なく言うとおりにすると、「いいぞ、その調子、あー気持ちいい。」と言って、私に体にどぴゅどぴゅと射精しました。
私のブラジャーとパンティにもかかってしまい、汚れてしまいました。すると、「今度は俺がえみを洗ってやる。」と言って、ブラジャーとパンティを脱がしにかかりました。汚されてしまったので、仕方ないと思って、私も素っ裸になると、叔父さんは嬉しそうに「えみも成長したな、バージンか?」と聞いたので、「うん。」と頷くと、「よし、今日は俺が女にしてやろう。」と言って、私に体を洗ってから、一緒に湯船に入ると、ディープキスをして、おっぱいを揉まれ、また嬉しそうに吸っていました。湯船のふちに座らされ、叔父さんは私のあそこを器用に嘗め回しました。私は初めての体験に体が熱くなってしまいました。
ぼーっとしていると、叔父さんは私の体を洗った後に、一緒に浴室から出るように言われて、バスタオルでパパっとふき取ると、素っ裸のまま、私を抱えて叔父さんの部屋まで連れていかれました。そこで、叔父さんが寝転んで、私にあそこを咥えるように言われ、逆に私が上になって、叔父さんがわたしのあそこを舐めました。あとで聞くとシックスナインというらしいです。叔父さんがしばらくシックスナインを楽しむと、再び隆々とおちんちんが勃起しました。
叔父さんは私を寝かすと、新しいタオルをベッドにひいて、自分のおちんちんに何かはめてるようでした。後で聞くと、コンドームだそうです。やはり妊娠はまずいということでした。
そのまま、私のロストバージンとなりました、少し出血しましたが、痛みはそれほどではなく、気持ちよかったです。正常位でした。
その日は朝まで何度も叔父さんにいろいろな体位で抱かれました。気が付くと、叔父さんと同じベッドで裸でだきあったまま、寝ていました。朝私が目を覚ますと、叔父さんは「どや、もう一回するか?」と言って、朝立ちしているおちんちんにコンドームをはめると、再び私の中に侵入してきました。結局、両親が帰って来るまで、私は服を着せてもらえず、素っ裸のまま、何度も何度も叔父さんに抱かれました。

私の処女を奪った大嫌いな叔父にイカされた

中1の終わりの頃の話。

その中1の終わりの頃の話。

その頃の私は今よりもさらに体が細く、ヒョロッとした感じ。
肥満体型の叔父にしてみれば、体重が半分ぐらいの私を押さえつける事なんて、容易な事だったと思う。
家の中で襲われた。

私なりにかなり抵抗したし、ずっと泣き叫んで拒否したのに・・・。
叔父は圧倒的な力で私をねじ伏せ、唇を奪い、激しく舌を絡ませてきた。
初めてのキス。
その気持ち悪さと言ったら・・・。
キスのショックで呆然として、一瞬気が遠くなった。

気が付いた時には全ての服と下着を剥ぎ取られてしまってた。
叔父はしばらくの間、私の胸を中心に全身を舐め回した。
もちろん私は抵抗を続けていたが、悲しいかな、やがて全身に力が入らなくなってしまった。
いわゆる、ギブアップ状態。
後はもう、叔父のやりたい放題・・・。
叔父のペニスを受け入れざるを得なかった。

大きく膨れ上がったペニスが入ってきた時、身体を真っ二つに切り裂かれた感覚に見舞われた。
そして、すぐに襲ってきたのは、脳天を突き抜けるような痛み。
あまりの激痛に、幾度も幾度も“いっそ死んでしまいたい”とさえ思ったほど。れに、叔父はお相撲さんみたいな肥満体。
全体重が華奢な身体の私に伸し掛かったので、本当に押し潰されると思いました。

宥められたりすかされたり・・・で、叔父との肉体関係はしばらく続いた。
大人しかった私は、悩みつつも、結果的にはそれに従っていた。
家やラブホなんて時もあったけど、車でする事が多かったな。
叔父にしてみれば、うちの親にバレないようにするための工夫だった。

イク事を教えてくれたのも叔父だったけど、心が満ち足りる事は一度も無かった。
多い時・・・というか、親に見つかるまでは週に2回以上はセックスしてた。

叔父はよく学校の帰り道に私を待ってた。
車に乗せられ、家からさほど離れていない裏山の脇道みたいな所へ連れて行かれた。
イク事を知ったのは、セックスを始めてから1年以上経ってからだったと思う。
一旦覚えると、いつも必ずイクようになってしまった。
嫌だ嫌だと思いながらも、身体が勝手に反応する・・・。

(女のカラダって、一体なんやねん・・・)

気持ちは余計にブルーになり、自分の身体を呪った事もありました。

叔父は最初の時を除き、大抵は避妊してました。
さすがに私が妊娠するのは困ると思ってたのでしょうね。
車では、コンドームを使ってました。
でも、ラブホや家の時は、イク寸前にペニスを引き抜き、私のお腹の辺りや口の中に出しちゃう事も多かったです。
今振り返れば、こんな方法でよく妊娠しなかったものです・・・。

親に発覚する少し前・・・。
叔父はよく、「家出して、ゆりかと2人で暮らす」と言ってた。
事実、県外へ仕事を探しに行くという事も実際にやってた。

叔父が私を抱いている時は、「お前を一生離さない」と、いつも口癖のように囁いていた。

「透き通るような、ゆりかの肌が堪らない」とも呟いていた。

それが“愛”なのかどうかはよく分からない。

その頃の私は、物を考える気力をすっかり無くしていて、“なんでもどうでも、もうええわ”としか思ってなかった。

あの時、親に見つかって2人の関係が断ち切られなければ、大変な事になっていたかもしれない。
叔父に裸にされ、抱き締められると、いつも悪寒がした。
キスをされ、舌を絡められると、必ず吐き気を催した。

でも、でも・・・、いざセックスが始まってしまうと、もうダメだった。

ペニスの抜き差しが激しくなればなるほど、私の頭の中と身体は“気持ちイイ!!”が支配した。
それは、叔父が射精を終えるまでの間、私の方が何度も何度も絶頂に達してしまうほどの快感だった。
演技する気はなかったけど、イク時はどうしても絶叫せずにはいられなかった。

叔父とセックスした夜は、そんな自分が情けなくて、悔しくて、いつも泣いていた。
叔父との肉体関係は嫌だったのに、最後の方になると、“死ぬほど嫌”だとは思わなかったんじゃないかな?・・・と、当時の自分を振り返ってます。

いつも心はブルーでした。
でも、叔父のペニスで膣の中を掻き乱され、一旦イッてしまうと、心のどこかで2度目、3度目の“次の波”を期待している自分がいたのです。

そんな時の私は“妊娠してもいい”とは思わなかったけど、“出来ちゃっても仕方ない”とは思ってました。
叔父の行為に対する“容認”の反応は、最後までしませんでした。
少なくとも、叔父を抱き返すような事はやらなかったつもりです。

正直言って、何度も何度もイッてる時に、“何かにしがみつきたい!”という欲求に駆られた事はあります。
だけど、いつも心の底で、“叔父の背中に手を回したら、オシマイ”という念は持ってました。

でも、その日の私は“何か”が違っていました。

叔父の部屋。
お決まりの正常位で挿入された時、いつもなら悪寒が走るのに、それが無い・・・。
むしろ、“痒いところを掻いてもらってる”・・・みたいな感触を、ムズムズと膣の辺りに覚えた。
時間が経つにつれ、叔父の動きが激しくなるにつれ、“気持ちいい”を自覚せずにはいられなくなってきた。
押し殺していた声を漏らした。
一度声を出してしまうと、快感はぐんぐん増大する。
それは膣からお腹辺りまで感じるようになった。

(もう、どうにかして!)という思いで頭が一杯になった。

その想いが、自然と口から、「イキそう」という言葉になってしまった。

自分で、気が狂ったと思った。

叔父は素早く体位を変え、私に犬みたいな姿勢を取らせた。
すぐに叔父のペニスが勢いよく入ってきた。
いつもと角度が違う、激しく力強いピストン・・・。
たちまち全身に痺れるような快感が走り、間もなくそれが脳天で炸裂した。

たぶん大声で「イク!!」と言ったと思う。

膣内の肉がギュッと縮み、嫌だったはずのペニスを力強く包み込んでるのが、自分でも分かって恥ずかしかった。

私の出番か

個人的に孕ませ屋をやってる。
紹介があれば旦那サイドに問題のある夫婦に子供を授ける手助けをする素晴らしい仕事だろ?
忙しい時は一日に三件くらい連絡きて移動とSEXを重ねる。
大抵は旦那に内緒でって依頼だから、自宅の場合は旦那が居ない時間帯か、ホテルでやる。
孕みたい人妻達に中出ししまくって金も貰えるんだ。
精子の量を増やす為に亜鉛やマカ等のサプリは欠かせない。
体調管理も徹底しなきゃならないけど、孕ませるだけ孕ませて認知も養育費の支払いもしなくて良い。
実際俺の子供が何人居るのか知らないよ。
三桁超えの人妻を孕ませてきたからな。

私の子供たち 2

6時過ぎ、やっと三郎と四郎を送り出した私と一美はあと3人の朝食を作っていると二郎が起きてきました。
「母ちゃん、おはよう。」
「二郎おはよう。」
「二郎、姉ちゃんには、、」
「あっ、姉ちゃん居たんだ?」
「母ちゃんの横に立っている姉ちゃんのこんな大きなお尻、見えないの?」
「どれどれ、、」
そう言いながら二郎が一美の後ろへ立つとお尻を撫で触り始めます。
「うんん、姉ちゃんパンツ穿いてないの?」
「ああ、、さっきまで三郎とやってたから、、」
「そうなんだ、じゃあ、俺にもやってよ。」
「ええ、、また。あんた昨日一緒のお風呂に入って出してあげたじゃない。」
「昨日は昨日、今日は初めてじゃないか。若いからすぐに回復するし最近朝立ちがすごいんだ。」
「もう、仕方ないわね、早く出してよ。」
二郎は一美の後ろで下半身裸になると、台所でフライパンを持って卵焼きを焼いている一美のお尻を掴み引き寄せるとチンポを一美のマンコに入れていくのです。
「ああ、凄いわね、ねえ二郎、コンドーム着けた?」
「いいや、出そうになったら抜くから、、」
「もう、、あんたこの前だってもう少しで失敗するところだったじゃない。姉ちゃんが腰を引いたから中には出さなかったけれど、あのままだったら中に出していたよ。」
そんな会話を隣で聞いていた私は、台所に置いてあるコンドームの箱の中から1つ取り出し封を切って二人が繋がっているところへ跪いたのです。
「二郎、私が着けてあげるから一旦一美からは慣れなさい。」
「うん、、分かったよ。」
一美のマンコから引きはかれた二郎のチンポには、一美の愛液と二郎の我慢汁で糸を引いているのです。
一美はさっき三郎とやっていたからその分愛液が多かったのだと思います。
「二郎、我慢汁が出ていると言うことはもうそこで妊娠の心配があるっていう事なのよ。いくら二郎が射精しなくても精子は出ているの。一美だからいいようなものだけれど彼女だったら妊娠させているのよ。」
「母ちゃん、私だったらいいようなものってひどくない。私また妊娠しちゃうの。」
「ごめん、でも一美だって二郎の物を入れる前に確認しなくちゃあ。母ちゃんいつも自己責任ていっているでしょ。」
「ごめん、母ちゃん、、」
一美が謝っている間に私は二郎のチンポを数分口に咥え健康を確かめていました。
これは母親として当たり前と自分にいつも言い聞かせているのです。
その後、口から離してコンドームを着け、今度は一美のマンコにチンポの先を宛がうと二郎の腰を後ろから押してあげるんです。
「ああ、、気持ちいいわ、二郎、昨日のお風呂の時とまた違うわね。」
「だろう、、姉ちゃんの愛液が多いからだよ。」
二人のそんな姿を見ていると一美が持っているフライパンが危なっかしく、つい
「一美、母ちゃんが焼いてあげるからフライパンちょうだい。あんたは一郎と五郎を起こしてきて。二人とも母ちゃんの部屋で寝ているから。」
「ええ、、五郎は分かるけど一郎兄ちゃんも母ちゃんの部屋なの?  まさか夕べ3Pしたとか?」
「バカね、夕べ、一郎は酔って帰って2階まで上がれなかったから、、」
(本当は一郎に抱いてほしかったけれど、酔って体を弄られると気持ちいいときに寝ちゃうからね。)と、つい本音が出てしまいます。
二郎と一美は立ちバックで繋がったまま二人を起こしに行ってしまいました。
すると帰ってきた一美は今度は一郎に駅弁スタイルで繋がって台所までやってきたのです。
「ああ、、すごい、一郎兄ちゃん、、すごくいいよ。」
すると一郎はテーブルの隅に一美を座らせると、両足を高く上げてチンポをピストンしているんです。
一郎のチンポにはちゃんとコンドームが着いていて一安心しました。
そこへ二郎と五郎がやってきました。
中1になったばかりの五郎はまだ眠たそうで目を擦っています。
すると、「母ちゃん、一美姉を兄貴に取られちゃったよ。」と二郎が私に襲い掛かってきます。
「仕方ないだろ。ジャンケンをして負けたんだから、」
「もう仕方ないわね、一郎も二郎も早くしないと遅れてしまうわよ。二郎、母ちゃんのマンコかしてあげるから早く出して学校へ行きなさい。一郎も仕事があるんだからあまり体力を使わないこと。もう、一美、一郎を寝かせてあんたが跨ってあげて、、少しでも体力使わないでしょ。」
そう言うと、私は台所の横で寝て脚を大きく広げ二郎のチンポを受け入れ、一美は一郎を私の横に寝かせて腰に跨り腰を振っているんです。
しかし、そんな4人を見ている五郎は口をポカンと開けているだけなんです。

私の子宮はいつも先生の精子で

結婚して丸3年経っても子供が出来ないので、私は婦人科、主人は泌尿器科で診てもらうことにしました。
その結果、主人の精子の数が平均より少ないことが分かりました。
でも妊娠が不可能なほどでもなかったので、主人は精子を増やす薬や、ホルモン注射や、ビタミンCの補給等を受けていました。

その間私も定期的に不妊外来に通ったのですが、1年経っても妊娠の兆候は顕れませんでした。
もう諦めの境地になりかけていた時、通っていた病院への通り道にあった、マッサージの看板がふと目にとまりました。
ストレスに依るものなのか、肩と首筋がこっていたので、何気なくそこに入っていきました。

予約も何もしていませんでしたが、約1時間弱待たされて、診察室に通されました。
その医院は、マッサージ・鍼・灸などがあり、それぞれ部屋が別れていました。
診察室には先生と看護婦さんがおられ、一通りの問診の後、「背骨や関節など、全体を診てみましょう」ということで、診察台の上に寝かされました。

最初俯せの状態で、背骨の曲がり具合や、肩と膝などの関節をチェックした後、横を向いたり上を向いたりさせられました。
この時私はスカートだったので、体を動かした時裾が捲れないよう気を付けていました。
そして仰向けになった時、先生の手がスカートの上から足の付け根を押さえると、膝を持ってぐっと上に引き付けたのです。
私は慌ててスカートを押さえましたが、先生の位置からなら、スカートの中身が見えていたはずでした。
しかし全く変な素振りはなく、淡々と股関節のチェックを済ませてしまいました。

そしてやっと本題の首筋と肩のマッサージをしてもらえたのですが、すこし痺れるような感じがして、その痺れが治まると、何とも言えないいい気持ちになりました。
一変に肩が楽になったように感じたのですが、「暫く通って下さい」という言葉で、1週間後の予約を取りました。

そして2回目の時、肩と腕を揉まれて気持ち良くなり、気持ちも楽になってきて、不妊外来に通っていることを話してしまいました。
そうすると、「卵巣ホルモンや、女性ホルモンに効果があるやり方があるので、次回はそれもやってみましょう。でも時間がかかるので、最終の時間で予約して下さい」と言われ、5時の予約を取りました。

3回目の時、5時に医院にいくと、最後の患者さんが診察室から出てくるところで、待合室には私一人しかいませんでした。
すぐ診察室に呼ばれて、前回同様首筋や肩・腕のマッサージを受けていた時、看護婦さんや受付の人が片付けを始め、私へのマッサージが一通り終わったところで、帰って行きました。
私だけ取り残された格好になったのですが、先生から、「今から不妊の治療を行います」と言われ、しかたなくそのまま残りました。
先生と2人きりなので、微かな不安はあったのですが、不妊に効くならば受けてみようと思いました。

先生は色んなツボを押さえながら、一つ一つ効果を説明してくださいました。
でもいくら服の上からとはいえ、押さえるツボが胸から下半身に集中していて、特に恥骨の上を触られた時は、どぎまぎしてしまいました。
そして今度は体全体が痺れるような感じになってきて、それがだんだん疼きに変わってきました。

私はほとんど体を動かすことが出来ず、先生の為すがままという状態でした。
そして、触診をするということで、下着姿にされてしまいました。
その時自分がどんな姿なのか、意識はしていましたが、抵抗する気力は起こりませんでした。
それよりもこの心地よさにもっと浸っていたい、とさえ思うようになっていました。

最初の間は、下着の上からの触診でしたが、その内ブラやショーツの中に手を潜り込ませ、陰毛に触れるか触れないかという辺りを、ツボを押さえる感じで触られました。
そして俯せに寝かされると、ブラのホックを外され、ショーツまでも引き下げられ始めたので、これにはさすがに体を捩って抵抗しようとしましたが、「オイルを塗りますから」と言いながら、とうとう足から抜き取られてしまいました。

私は全裸にされてしまった恥ずかしさと、感じている証拠の染みが、ショーツに付いているのを見られたのではないかと、顔が真っ赤になってしまいました。
しかし先生はそんなことは、気にも留めないような素振りで、全身にオイルを塗り始めました。

先生のマッサージで、全裸であることの恥ずかしさも忘れるほど、気持ちよくなってしまい、いつの間にか太股のマッサージを受けながら、先生の手で足を開かされてしまっていました。
先生の位置からなら、私の股間の全てが見られてしまったと思いましたが、足を閉じようにも痺れた感じで、動かすことが出来ませんでした。
そして私は先生に抱きかかえられるようにして、仰向けにされました。
私は慌てて前を手で隠したのですが、先生はその手をやんわりと退かせてしまいました。
とうとう先生に全てを見られてしまい、恥ずかしさに震えていました。
そんな私を落ち着かせるように、先生の優しい手が触っていきました。

先生は先程触れそうで触れなかった陰毛を、まるでここにもツボがあるような感じで、弄っていました。
でもそこから先には、なかなか進んで来ないのです。

その時の私は、早く触って欲しいとすら思うようになっていました。
そして、まるで先生を誘うように、自ら腰を突きだしていました。
私の仕草を見て先生の手は、ついにクリトリスを捉え、ぎゅっと摘まれてしまいました。

その時は頭の先まで電気が走り、たったそれだけでいってしまいました。
その後先生は白衣の前を肌蹴て、私の上にのし掛かってきました。
数え切れないくらいいかされてしまい、気が付いた時は先生の精液が流れ出していました。

それから約4ヶ月ほど、私は先生とセックスする為に、医院に通いました。
場所は医院の中だけでなく、先生の車の中や、ラブホテル、時には野外セックスもしました。
主人を裏切る行為なのは分かっていましたが、先生にマッサージされると、まるで催眠術にでもかかったように、先生とのセックスにのめり込んでしまいました。

そんな先生との関係を絶つ気になったのは、妊娠していることが分かったからです。
毎週のように続いた先生とのセックスでは、いつも中出しされ、1度会うと2,3回は射精を受けていたので、私の子宮はいつも先生の精子で満たされた状態でした。
ですから、まず間違いなく先生の子供を宿してしまったのです。
このことで、私は取り返しのつかないことをしてしまったと、初めて悟りました。

でも、諦めかけていた子供を妊娠し、たとえ不倫の末のことであっても、子供を堕ろすことは出来ませんでした。
私は心の底で主人に謝りながら、「あなたの子よ」と嘘をついて男の子を産みました。
子育てに追われながらも、ずいぶん悩みました。
そしてこの子を無事育て上げることで、主人に詫びるしかないと思いました。

それから2年後、2人目を妊娠したのです。
今度は100%主人の子供です。
私は主人がびっくりするほど、有頂天になって喜びました。
そして今は、しっかり2人の男の子の母親をしています。
今度は女の子が欲しいので、そろそろ頑張ろうかと思っています。
もちろん欲しいのは、主人と私の子です。

私の仕事・

ナイナイの岡村さんが言っていた事が現実になっています。
私は30歳、シングルマザーです。
夫の浮気が許せなくて子供、男の子3歳を連れて離婚しました。
元夫は2年位は養育費を支払って下さいました、でもこのご時世
夫の会社は倒産しアルバイトで生きているみたいです、当然ながら
養育費までは、無理みたいなんです、元夫は浮気相手と再婚して
います、私も再婚したいのですが、いい人もいないし、子育てで
忙しいし、でパートをしながら暮らしています、でもそのパートも
暇になりアパートの家賃程度しかになりません。
私は大学まで女子の世界だったので男の人とのお付き合いは
有りませんでした、社会人になって初めてお付き合いをしたのが
元夫です、彼は色々経験していたみたいですが私は処女でした。

入社して2年目に彼が転勤で同じ部署になりました。
飲み会で先輩が「お似合いよ、付き合ったら」なんて言い、彼は
その気になったみたいでした、私はお付き合いという経験がなかった
ので何か流れに乗せられたようにOKしてしまいました。
月一回位のデート。
私の顔を押さえ、唇を合わせられたのが半年位してからでした。
その後は私の羞恥心と無知から進みませんでしたが1年後位に
酔った私をアパートに送ってくれた時に彼に「お水飲ませて」と
言われ部屋に上げてしまいました、案の定。
彼はいつものようにキスをして来ました、キスしました、で
帰るかと思ったらブラウスの上から胸を触っています「やめて」と
言うと「お付き合いしているんだよ、これ位は当たり前だよ」
と言われ私もそうかーなんて思い任せていました、結局、ブラウスは
脱がされ、ブラは持ち上げられておっぱいは見られました、そして
乳首に吸い付かれて舐められました、気持ち良さはありましたが
「これまでね」と言って邪見に彼を帰しました、その後もおっぱい
は許しましたが下はさせませんでした。
そして「結婚しよう」と言われその日に下を脱がされて、指と舌で
クリトリス、小陰唇を弄られ、舐められました、彼が大きくなった
ものを私の顔の前にもってきましたが、私は口を固く閉じて口に
入れさせません、彼はそれを性器にもっていき、動かしていましたが
私は腰をよじって入れさせませんでした「式が終わってから」と
約束させてその代わり、彼の言うやり方で、手で擦ってあげました
彼の性器から大量のものが出てきました、彼はテッシュでそれを
受け止めてそのテッシュを屑籠に捨てるとキスをして帰って行きました。そのテッシュの匂い、それが男の匂いなんですね。

約束通り、結婚式。
その夜は飲みすぎと疲れで何もなし、キスだけ。
次の日はハワイに移動、その夜です。
全裸の私達、私は足を大きく開かされ、恥ずかしい所が丸見え、
その足の間に彼、彼の性器は最大になっていたでしょう、でも私は
目を閉じていたので分かりません。
彼の舌が唇・・乳首・・脇・・おへそ・・下がって足の指・・太もも
・・そして陰毛を掻き分けて・・クリトリス・・小陰唇
もう唾がないのでは?と思う位、舐めまくっています、でも・・
クリトリスが・・一番。
気持いい・・私は彼の頭を押さえて頭をゆすって・・
突然彼は体を起こすと性器を私の口にもってきました、私は咥え
ました、彼は奥まで刺そうとするのでむせました、彼の性器は
大きいです、私は唾を塗り舌で特に先を舐めました、しょっぱい
彼はすぐに辞めさせると膣口に先っぽをあて濡らしたかと思うと
押し込みました。
いたああい・・一瞬でしたが痛かったです、でも治まりました、
そのまま抱き合っていると、愛ってこんなのかなあ、治まった
感じが落ち着いて感じられる。
彼は抜きさしを始めました、引きつられるようで痛みがありました
彼は突然体の力を抜くと私の上に体を全部乗せました、重い
すぐに彼は体を起こしシャワーに行きました。
あの、男の、あれが、性器から出て来ます、されたんだあーー
旅行中は毎日と言うか、3時間毎、みたいな感じでしました、
帰ってからは当然、毎日です、生理が有りました、妊娠はまだして
ませんでした、生理の時は口か、手です、口に出されるのは
はっきり言っていやです、臭いし、べとべとするし。

妊娠しました。
その妊娠中に、酷いです、浮気されました、相手は彼の中学の同級生
です、クラス会があり、二次会以降にどちらがさそったか?
その人は夫を好きだったそうです、で、独身でした。
私は妊娠、出産、子育て、と忙しく、夫への食事などは用意しました
が、夜の事は全然していませんでした、私もそんなに好きでもないし
彼からの要求もなかったし・・でも彼女としていたから十分だった
のですね、きっと。

彼から「別れよう」と言われ、何の話かわかりませんでしたが、
慰謝料を少しと養育費の約束で離婚が成立しました。

そして現在に至るですが、このご時世で時間制限のある女、保育園
の関係ですが、を高給で雇ってくれる所はありません。
実家も両親は無く、兄一家に頼る事も出来ません。

公園で、子供を砂場で遊ばせていました、ゴミ捨てにスポーツ新聞
汚いなあと思いましたが、拾いました、就職蘭。
高給・勤務時間自由・比較的近い、よおおしとその番号をスマホ。

結構繁華街な隣り駅の駅前のビルの4階
ドアを開けると受付でした、
「あのう」「電話くれた優さんですね?どうぞ」「はい」
部屋に通されると「私、店長の山田です、宜しく」
「条件は話した通りです、但し希望者が結構多いのでこちらも選別
させてもらっています、いいですか?」「はい」私は是非採用して
ほしいと思っていた、どんな店でどんな事をするのか知らないのに。

「脱いで下さい」
「え?何でですか?」
「お客さんにお見せできるかどうかの確認です」
「全部ですか?」「そうです」
私は躊躇いました、でも、収入がないと・・子供の食事も・・
私は目をつぶり着ているものを脱ぎました、でも流石に、知らない
人の前で下着は・・ブラとショーツになり立っていると「それも」
やはり言われました・・脱ぎました・・手で胸と性器を隠しました
店長は「手をどかして」と言い、目を見開き見ています、
手を脇に降ろしました、目を閉じました。
いきなりお乳を掴まれました、やわやわと揉むと「いいね柔らかさ
は丁度いい」
店長は今度、腿に手をかけると足を開かせました、抵抗しようと
しましたが一瞬遅れてしまい、結局足を広げました、最悪・・
毛を引っ張られて「少し手入れしてきて下さい、多いですね」
私の羞恥心はマックスです、突然指を入れられました「痛い」と
言うと「指を入れられる事はある事なので少し濡らしておいてね」
え?どうやって?
「後ろを向いて」と言われそのようにすると「しゃがんで」と首を
下げられお尻の前に店長は顔を寄せ「綺麗だね、ここは使って
ないんだね」などと酷い事を言われました、そこも指の先ですが
少し入れられました、「よし服着て下さい」と言われ服を着て
受付の場所に戻りました。
「合格です、良かったら今日からでも働いて下さい」
「詳しくはこの子に聞いて下さい」「あやちゃん、頼むね」
隣りの部屋は待機部屋でした、そこに女の子が一人いました、
「はい」「こっちに来て」と言われ待機部屋に行き、あやちゃん
から指導を受けました。
・性行為はしない(好きになったら自由)
・口と手で出す
・下着姿で対応(好きになったら自由)
自由な部分の金額は〇〇円かなあ?
ちなみにあやちゃんは私より3歳下の27歳で、この店は1年との
事、大体月〇〇円位稼げるよ、指名料も大きいよ、とアドバイス。

店長「客がついたけど、優ちゃん、行ってみる?」
「はい、わかりました」と言って近くのラブホに向かった。

・の部屋のドアをノック、ドアが開くと・・多分50位の小父さん
「いやあ、綺麗な子だなあ」
「私、今日が初めてなんです、優といいます」と自己紹介
「俺、シャワー使ったから、1時間ね」と言われ、私は店に電話し
1時間と伝えました、そして服を脱ぐとブラとショーツになり
(これは店から借りたもの)お客さんをベッドに横にしてガウンの
紐をほどくと、パンツもありません、もう大きくしています、
「俺の大きいかい?」「大きいです」と言うと、にやっと笑い
「欲しくないかい?」と言うので「うちの店は出来ないんです」と
言うと「そんな事ないよ、〇〇ちゃんも△△ちゃんもさせて
くれたよ」と言うので、こんな口の軽い人は絶対いやだと思い、
この次指名して下さったら考えますと言いました。
「せめて下着は脱いでよ」と言って3千円をベッドに置きました
私は「わかりました」と言って下着を取りました「見るだけですよ」
と言って横になりました、お客さんは足の間に入りじーっと見て
います「舐めたい」と言って3千円また出しました、そして
舌の先でクリや膣口を舐められました、おっぱいも舐められました
私は起き上がり、お客さんの性器を手で掴み口を寄せて舌先で
舐めて手にローションを付けて擦ると、すぐです・・逝きました
「絶対今度は指名するからね」とお金を払ってもらい帰ると店長が
「どうだい、やれそうかい?」と言うので「はい大丈夫です」と
答えました、その日は保育園に向かえに行くので帰りました。
次回の話しは・で

私の産みの親

私と姉は14歳離れていて小さい頃から不思議に思っていた。そのことを親に聞いても何かごまかしているような感じで詳しく教えてもらえなかった。姉に聞くと「もう少し大きくなったら教えてあげる」と言われ続けていた。
私が18歳になった日、姉から「本当のことを教えてあげる」と言われて姉の部屋に呼び出された。姉の部屋に入ると部屋の真ん中にある机の上にはいくつかの書類があった。机の前に私を座らせると、姉は書類を見せながら説明をしてくれた。
ややこしい説明だったが、要約すると私の本当の母親は姉で父親は叔父だという事だった。そして姉が私を孕った経緯も説明してもらえた。
姉が11歳の時に学校で受けた性教育だけでは物足りなくて当時、仕事で家にいた叔父に詳しく教わっていたそうだ。そして小学校卒業記念に初体験を叔父に捧げてから全く避妊せずにやっていたそうだ。そして13歳になった頃に生理が止まり、不思議に思って叔父に相談すると、妊娠検査薬を渡されて使用して妊娠が発覚したらしい。
姉はどうしたら良いか分からず、親にも相談出来ないまま月日が経ち、お腹が膨らんできているのを父に見つかって発覚したらしい。すぐに病院に連れて行かれて検査の結果、妊娠5ヶ月経過していたらしく、産むしか手立てがないということで、産む決意をしたそうだ。そして14歳になってすぐに私を出産したらしい。この頃から姉は学校に行っておらず、最終学歴は中卒だ。
ここで問題になったのは叔父が既婚者だったという事だ。親戚付き合いがあるのでコトを荒立てたくなかったので姉の妹として私は育てられることになったのだった。

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