「眠れる美女」は、宿の女の奇妙な念押しから始まります。
  
「たちの悪いいたずらはなさないで下さいませよ、眠っている女の子の口に指を入れようとなさったりすることもいけませんよ」
  
主人公である江口老人が通された寝室には、布団の中で裸の少女が眠っています。
  
薬で深い眠りに落とされ、何があろうと一晩は決して目を覚まさない少女です。
  
既に性的機能を失っている、この宿を訪れる老人たちはそんな少女と添い寝をするためにやってくるのです。
  
話しかけても泣いても、その髪の匂いを嗅いでも、温かい身体をどのように抱きしめても、眠っている少女は何も覚えておらず、老人の顔も知らないままであり、彼らは何に憚られることもなく痴態を晒すことができるのです。
  
ただ眠らされている美しく幼い、無垢な少女と肉体はどうあろうとも心に残り続けるある種の性的欲求と、不安や不満や寂しさや死への恐怖、生への憧れを満たしまた少しでも埋めようとなりふり構わない
  
深く眠っている少女たちは健康に生きていなければならず、決して死体であってはならない。
  
生きている少女の体温を、匂いを、血の通った肌を眺め、吐息や寝言を聞きながら、その人格に邪魔されることなく
老人は追憶し改めて考えを巡らせるのです。
  
老人は布団の中で自分の腕の中に生命をかき抱き五感すべてを使って、必死にそこへ入り込もうとします。
  
燃えるように眩しい生命と同化する、老人にとってそれは何にも代えがたい悦楽であったでしょう。